照りつける太陽。

響き渡る、蝉の声。

そんな定番といえば定番な、夏真っ盛りの風景の中で。

「・・・あっつい」

私は、静岡の地に立っていた。

 

嗚呼、青春

 

「・・・合宿?」

「そう、合宿!」

彩子さんから手渡された冊子を見下ろして問いかけた私に向かって、彩子さんは力強く頷いた。

へ〜え、合宿ねぇ。

あんまり気乗りはしないんだけど、流石に面と向かってそう言うとものすごい反撃を食らいそうな気がして、私は無言のまま手書き感たっぷりの冊子のページを捲った。

これって一体誰が作ったんだろう。

彩子さんかな?

いや、これは彩子さんの字じゃないな。―――毎日スコアブックを見てる私が、彩子さんの字を判別できないわけないし。

だったら赤木さんかも。

あの赤木さんが机に向かって黙々とこの合宿の手引きを書いてるとこを想像すると、申し訳ないけどちょっと笑える。

きっと問題児軍団が問題を起こさないように見越して、色々と内容を吟味したんだろう。

まぁ、この綺麗な字を見る限り、間違いなく小暮さんが作ったんだろうけど。

あっさりとそう結論付けて、私はパラパラとページを捲りながらため息をひとつ。

なんていうかさ・・・。

「こら、あからさまに面倒臭いって顔しないの!」

私のため息を聞きとがめた彩子さんが、咎めるような口調でそう告げる。

そんな彩子さんを見返して、私は少しだけ頬を膨らまて不満を露わにした。

「私、まだ何も言ってないですけど」

いや、きっとその内言ってただろうけど。

「何言ってんの。ばっちり顔に出てたわよ」

そうですか。

私っていつも無表情で感情が読みにくいってよく言われるんだけど、さすが彩子さん。

まぁ、今回ばっかりはありがたくないけど。

「彩子さん、どうしても行くんですか?」

「あったり前でしょ!?今年は全国制覇が掛かってるんだから、みっちりやるわよ!」

・・・みっちり。

やるというからには、間違いなくみっちりやるんだろう。

赤木さんだけでなく彩子さんまでこうも気合が入ってるって事は、それはもう相当みっちりやるに違いない。

まぁ、私は選手じゃないからどんだけみっちりやってくれようと構わないんだけど。

「ちなみに、合宿参加に欠席するっていうのは・・・」

「ダメに決まってるでしょ!」

やっぱりそうですか。

止む得ない事情があるなら考慮してくれそうだけど、流石に合宿が面倒臭いって理由じゃ許可はくれないらしい。

親戚に不幸が・・・とかなんとかいう嘘は流石に吐きたくなかったし、それだとお兄ちゃんを通して軽くバレそうだしね。

「・・・なによ。は合宿が嫌なの?」

流石に私の様子を見かねた彩子さんが、訝しげな面持ちで口を開く。

「まぁ、軽く」

嫌か嫌じゃないかって聞かれれば、軽く嫌だ。

だって面倒臭いしね。

どこで合宿するのか解らないけど、公立高校の合宿先なんてそう期待は出来ないし。

この暑い中、クーラーのない部屋で何日も過ごすなんて気が滅入るし。

きっといつにも増して忙しくなるんだろう。―――まぁ、その辺は一応はマネージャーの身としては仕方がないんだけど。

知らない場所ってなんか落ち着かないし。

どうせ合宿するって言うなら、ここでしてくれればいいのに。

それなら、ちょっとは気が楽だしね。

「普通、合宿って言えば胸が躍るものなんだけど・・・」

そりゃすみませんね。―――彩子さんの小さな呟きに心の中で返事を返して、私はもう1度ため息を吐き出した。

まぁ合宿があるだろう事も大体は予測してたし、もうほとんど諦めはついてるんだけどさ。

ちょっとぐらい愚痴零したって、罰は当たらないような気がする。

「それで、合宿ってどこでやるんですか?」

それでもこれ以上駄々を捏ねるのは大人気ないと思い直して、私は改めて彩子さんに向き直るとそう問いかける。

そんな私に向かって、彩子さんは気を取り直したように顔を上げてにっこりと微笑んだ。

「静岡よ。静岡代表の常誠高校との合同合宿なの」

「・・・合同」

え、合同合宿?

聞こえた言葉に思わず目を丸くする私を認めて、彩子さんは得意げに笑う。

「合同合宿・・・」

思わずポツリと呟いて。

湘北メンバーだけでも大変そうなのに、加えて合同合宿?

それは確かに経験値稼ぎにはもってこいそうだけど、大変さは何割り増しになるの?

私、当日熱でも出そうかな。

遠い目をしながら小さくそう呟くけれど、流石にそんな都合よくいくわけもなく。

合宿当日、何故か楽しそうなお母さんに見送られて、私とお兄ちゃんは静岡の地へ旅立つ事になるのだけれど。

 

 

ガチャンとコインの落ちる音と共に、無機質なコール音が生きたそれへと形を変える。

もしもし?と電話回線を通して聞こえてくる聞き慣れた声に、私は素っ気無いくらいいつもと同じ口調で言葉を放った。

「久しぶりー」

「ああ、ちゃんか」

私の声を聞いて、電話の向こうの水戸くんが笑った気配が伝わる。

改めて思うけど、電話って便利だよね。

こうやって簡単に会えない距離にいる人とだって、簡単に話が出来るんだからさ。

「どう、桜木くんの様子は?」

そんな今更な事を実感しながら、私は単刀直入に話題を切り出した。

この静岡合宿に、桜木くんは参加していない。

勿論、静岡に来てないってだけで、実際にはそれと同じような事はしてるんだけど。

出発直前に見送りに来た安西先生が、湘北に残って桜木くんを特訓するって言った時は驚いたけど、確かに全国に向けて戦力アップする為にはそれが一番だとも思った。

桜木くんって、成長が早いからさ。

まだバスケ始めて数ヶ月だってのに、もう全国出場だもんね。―――普通に考えるとありえないっていうか、まるで漫画みたい。

水戸くんたち桜木軍団もそんな桜木くんに付き合って、一緒に合宿する事にしたらしい。

晴子ちゃんからそう連絡を貰った時はなるほどと納得したわけだけど、水戸くんたちも物好きっていうかなんていうか。

そうして私は、その後こうして水戸くんと連絡を取って近況を聞いている。

だって素直に気になるしね。

私の問い掛けに、電話の向こうの水戸くんは笑いながら言った。

「頑張ってるよ。この合宿で2万本シュート打つんだってさ」

へぇ、シュート2万本。

相変わらず尋常じゃないっていうか、優しそうな顔して安西先生も結構きついというか。

これからの合宿が地獄のようなものになるだろう事を想像して、他人事だっていうのに私は思わずため息を吐き出した。

「そりゃ、ご苦労様」

「あはは、花道に伝えとくよ」

「いや、桜木くんじゃなくて水戸くんたちが」

気楽な様子で笑った水戸くんに向かってそう言うと、水戸くんはもう1度笑い声を上げた。

ほんと、笑い事じゃないと思うんだけど。

「それにしたって、わざわざ合宿に付き合うなんて、水戸くんたちってほんとに桜木くんの事好きなんだね」

思えばいっつも練習見に来て、試合も見に来て、更にこうやって合宿にまで付き合ってさ。

学校でもずっと一緒だろうに、ちょっとは嫌になったりしないのかな?

そんな私の問い掛けに、けれど水戸くんは僅かに声色を変えて。

「そういうんじゃないけど・・・―――まぁ、頑張って欲しいと思ってるからさ」

「ふ〜ん・・・」

どうやら相当桜木くんの事が好きらしい。

いや、どっちかっていうと出来の悪い弟を見守るような?

まぁ、本人がそれで満足なら、私がとやかく言う事じゃないんだけど。

「で、そっちはどう?調子は?」

「あー、みんな張り切ってるよ。っていうか空気がぴりぴりしてる感じ。まだ全国に行ってもないのに」

まだ1週間ちょっとは先なのにね。

今からこれじゃ、当日は頭の血管切れて倒れちゃうんじゃない?―――いや、本気で。

ちゃんは相変わらずっぽいね」

そんな私の言葉に、水戸くんは笑みに呆れを混ぜたような声でそう言う。

まぁ、確かに私は相変わらずかもしれないけど。

でもそう言われると、それはそれでなんだかムッと来るっていうか。

というか、私までぴりぴりしてたら相当雰囲気悪いと思うんだけど。

なんていうの?

ちょっとした息抜き的な。

今までは桜木くんがその大半を請け負ってた感じなんだけど、今はいないしね。

まぁ、今の桜木くんも相当ぴりぴりしてそうだけど。

「でも私も桜木くんの練習に付き合うって名目でそっち残ればよかった。なんか楽しそうだし」

みんなでわいわいやってるみたいで、ほんと楽しそう。

こっちは合同合宿とかで、何かと常誠と張り合ってて空気張り詰めてるしさ。

もしかすると全国で対決するかもしれないんだから、出来ればここで勝っておきたい気持ちも、いろんな情報集めたい気持ちも解るんだけど。

それを第三者として見てると、ほんと居心地悪い。―――まぁ、第三者として見てる辺りが一番問題なのかもしれないけど。

そんな私のぼやきに、水戸くんは呆れたように笑って。

「何言ってんの、マネージャーが」

水戸くんの言いたい事も、嫌ってほど解るんだけどさ。

「マネージャーって大変だよね。朝早くに起きてみんなのご飯作ったりさ」

彩子さんは練習の方に顔出してたりするから、割と1人が多いし。

まぁ、作るのは湘北の分だけでいいってとこは不幸中の幸いだけど。

っていうか、常誠の分まで作れなんて言われたら、いくら温厚な私でもキレちゃうよ。

いっそ食事に下剤でも入れてやる。―――いや、冗談だけどさ。

「そっか、そっちは自炊か。ちゃんって料理するの?」

「失礼な。料理くらいするよ」

水戸くんのある意味失礼な発言に、私はムッと眉を寄せる。

こう見えても、家事は一通り出来るんだから。

何せお母さんが再婚するまで、母ひとり子ひとりだったから。

だから働くお母さんの代わりに、家事は私がやってたんだからね。

まぁ、私のイメージじゃない事は認めるけど。

「ちなみに、昨日の晩御飯はカレー」

人数が多い時って、カレーが一番楽だよね。

おっきいお鍋に大量に作ればみんなに行き渡るし。―――ちまちま作ると大変だから。

カレーのルーとか市販されてるし。

他の料理と違って手間がそれほど掛からない割には美味しいし、みんな喜ぶしね。

あと、鍋とか。

流石にこの暑い中、鍋は私が嫌だけど。

そんな私の言葉に、水戸くんは感心したように声を上げた。

「へぇ〜。じゃあ朝は?」

「カレー」

「・・・昼は?」

「カレー」

「・・・じゃあ、今日の晩は?」

「カレー」

即答する私に反して、どんどんと水戸くんが沈黙していく。

まぁ、言いたい事は解るけどね。

「流石に晩もカレーだとみんな嫌そうな顔してた。ざまぁみろ」

「・・・ああ、そう」

受話器の向こうから、水戸くんのげんなりとした声が聞こえる。

その拍子に、ガチャンともう1度コインの落ちる音がした。

「お兄ちゃんなんかものすごい文句言うからさ。そこらの雑草でも出してやろうかと思ったけど、やっぱりそれはあんまりにも可哀想かなと思って踏み止まった。お腹壊されても困るしね」

まぁ、あのお兄ちゃんだからそれくらいで倒れたりはしないだろうけど。

「とりあえず明日の朝はいっぱいおにぎりでも作って、足りなかったらパンでも焼いて食べてもらうつもり。流石にカレーは飽きた、私が」

ほんと、いくらお手軽とはいえ、4食続けては結構キツイ。

カレー、嫌いじゃないんだけどね。―――いい加減、家庭科室にカレー臭が染み込みつつあるから。

多少、やりすぎたかなとも思うし。

「そんでもって、明日の晩はシチューにするつもり」

お手軽感はカレーと変わらないしね。

なにせ、ルーを変えるだけで済むし。

「この暑い中でシチュー・・・」

反省したのかと思いきや、実はそうでもない私の発言に、水戸くんの声色は更にげんなりとしたものへと代わる。

別に水戸くんが食べるわけじゃないのにね。

ほんと、不良軍団とか言われてる割にはいい人だよね、桜木軍団って。

そんな水戸くんに向かって、私は悠然と言い放った。

「私はおさんどんしに合宿に来たわけじゃないっていうちょっとした嫌がらせ込みの、心頭滅却すれば火もまた涼し的なメンタルトレーニング込みで」

ああ、でも私ハヤシライス食べたいかも。

ほんとはざる蕎麦が食べたいんだけど、あの人数分茹でるとなると果てしないというか、絶対にひとり一人前じゃ足りなそうだし。

でも湘北は部員数少ない方だからまだマシかもね。

海南とか、あれくらいの部員数になるとほんとに手に負えない。―――まぁ、その場合は作る人数も増えるんだろうけど。

いや、私立っぽいから合宿もどっかの学校借りてとかじゃなくて、もっと豪勢なのかも。

くそう、海南め。

その恩恵を受けているだろう牧さんたちを思い浮かべて、私は心の中で悪態をつく。

もうこの際、当たれるものには当たっておきたい気分だ。

だって、ほんと暑いし。

まぁ、練習試合とはいえ善戦してる湘北を見てるのは楽しいけどね。

悔しいから、絶対にそんな事言ってやらないけど。

「・・・まぁ、頑張って」

「そっちもね」

電話の向こうから聞こえてきた水戸くんの覇気のない応援の言葉に、私はさらりとそう返して口元に笑みを浮かべた。

 

 

あんまり長電話するのも迷惑だろうと思い、別れの言葉を交わして受話器を置いた私は、部屋に戻るべく踵を返したと同時に目に飛び込んできた光景に思わず頬を引きつらせる。

「・・・お兄ちゃん?」

一体いつからそこにいたのか。

廊下の壁に凭れかかりながらこっちを見つめるお兄ちゃんの姿に、私は呆れたようにため息を吐き出す。

そんな私をスルーして、お兄ちゃんはいつもより少し固い声色で口を開いた。

「誰と電話してたんだ?」

「お兄ちゃん、いつからそこいたの?」

「うっ・・・!」

向けられた質問をさらりとスルーして逆に問いかけると、お兄ちゃんは判りやすく言葉を詰まらせる。

素直な人だよね、お兄ちゃんって。

それからほんと、いい加減妹離れしなよ。

下手するとストーカーだよ。

訴えられたら犯罪者だよ。―――まぁ、今更そんな事くらいで怯むお兄ちゃんじゃないだろうけど。

「そ、それより!誰と電話してたんだよ!!」

それでもお兄ちゃんはめげる事無くそう声を荒げる。

ああ、もうほんとに。

何もかもが、面倒臭い。

暑いし、お兄ちゃんは煩いし、明日は早起きしなきゃなんないし。

「おい・・・!」

なおも何か言いたげなお兄ちゃんを一睨みして黙らせると、私は無言でさっき置いた受話器を再び手に取った。

100円玉を入れて、プッシュボタンを押す。

そして聞こえてきたコール音を確かめた後、それを無言でお兄ちゃんに突き出した。

「な、なんだよ」

「自分で確かめたら?」

そういえば、意外と素直なお兄ちゃんは言われるままに受話器を受け取る。

そうしてそれを耳に当てるお兄ちゃんの姿を確認した私は、クルリと踵を返した。

「・・・もしもし?―――げっ、お袋!?」

背後から聞こえてくるお兄ちゃんの声と、受話器から漏れるくらい大音量のお母さんの声を耳にしながら、私は小さく笑みを漏らした。

せいぜい100円分のお母さんの熱いラブコールを受け取ってよ、お兄ちゃん。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

今回はほんとに主人公が酷い子になってしまった気が・・・。(申し訳ありません!)

久しぶりに水戸と絡んでみたり。

最後の最後まで、合宿に参加させるか、残って桜木軍団と絡むか迷いました。

でもまぁ、これは一応三井夢ですしね。(そんな面影どこにもありませんが)

作成日 2009.4.26

更新日 2009.5.15

 

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