全国大会まで、あと少し。

合宿が終わっても、全国大会を控えている湘北に休みなんてない。

それでも今日の練習は、午後から。

多少は息抜きも必要だとそう思ったのか、それとも少しは休ませて欲しいと誰かから苦情が来たのかは解らないけれど、あの赤木さんにしては寛容な判断だったと思う。

そんな貴重なお休みを利用して、私は1人買い物に街に出ていた。

どうしてかついてくると駄々を捏ねたお兄ちゃんを、下着を買いにいくのだと嘘ついてまで振り切って。

大体お兄ちゃんが買い物についてきたら、この服がいいだの、こういう服きたらいいんじゃないかとか煩いから。―――それってお兄ちゃんの趣味でしょって言えば、ケロッとした態度で悪いかと逆に詰め寄られるんだから性質が悪い。

それだけならまだしも、この服は露出が多いとかなんとか文句までつけてくるんだから。

大体、お兄ちゃんの友達の方が露出度高かった気がするんですけど。

それはともかくとして、お兄ちゃんと買い物に行った日にはろくに楽しめない事が解りきっていたから、私は買い物が終わったら連絡すると約束させられてこうして出てきたわけだけど。

なんていうか、お兄ちゃんのシスコンぶりも相当危ないところまで来てる気がしないでもない。

そうは思っていても、こうして律儀にお兄ちゃんに連絡をする私も、人の事は言えないかもしれないけれど。

約束どおりお兄ちゃんに連絡し終えた私は、電話ボックスから出てため息をひとつ。

「あれ、ちゃん?」

そんな私の耳に届いた、不本意ながら最近では聞き慣れた声に。

私は振り返る事もせずに、もう1度密かにため息を吐いた。

 

アイスの季節

 

「やぁ、ちゃん。奇遇だねぇ」

「・・・仙道さん」

諦めの境地で渋々振り返った私の目に、爽やかでありながらどこか胡散臭い笑顔を浮かべた仙道さんの姿が映った。

そうしてこちらに歩み寄った目の前に立つ仙道さんを見返しながら、私はもう1度盛大にため息を吐き出す。

こうも神出鬼没に現れると、なんか待ち伏せされているような気分なんですけど。

まぁ、流石に本気でそう思うほど自惚れてはないけど。

「よく会うよね。なんか縁があるのかな?」

「いりません、そんな縁。っていうか、ついてこないでください」

これからお兄ちゃんと待ち合わせしてるんだから。

こんなところ見られたら、お兄ちゃんはさぞ騒ぐに違いない。

それを宥める私の身にもなってほしい。―――かなり面倒なんだから、お兄ちゃん宥めるの。

そう思って今日は係わり合いにならないでおこうとさっさと歩き出した私の後を、仙道さんはまったく気にした様子もなく当然の事のようについてくる。

ついてくるなって言ってるのに、どうやらこの人には聞き入れるつもりはないらしい。

別に私に用事があるわけでもなさそうなのに、一体何の嫌がらせなのか。

眉間に皺を寄せてそんな事を考えつつ、どうやってこの厄介な人を撒こうかと更に考えを巡らせていると、私の数歩後ろを歩いていた仙道さんが徐に口を開いた。

「それよりも、湘北の調子はどう?」

「・・・まぁ、それなりに」

「それなり、ねぇ」

まるっきり世間話っぽい流れだったので、私も無難に答えておく。

もう陵南との試合は終わったわけだから別に話す事自体は問題ないだろうけど、うっかり話しこまれても困るし。

そんな事をぼんやりと考えていると、ふいに背後から聞こえていた足音が途絶えた。

よせばいいのに、私はそれに律儀に振り返る。

振り返ってからしまったと思っても遅い。―――時間もないんだから、このまま振り切ってしまえばよかったのに。

それでも結局は振り返ってしまった私は、道の真ん中で立ち止まってジッとこっちを見る仙道さんを見返して。

「湘北には頑張って欲しいんだけどね。俺たちを破って全国に行くわけだから」

ポツリ、と。

それほど大きな声ではないのに、それでもはっきりと聞こえたその言葉に、私は思わず軽く目を見開いた。

「・・・仙道さん」

ふいに視線を私から外し、どこか遠くを見つめる仙道さんの姿に、私は目から鱗が落ちたようだった。

そうだよね、普段から飄々としててつかみどころがない人だけど、バスケに対しては真剣だったもんね。

それは試合を見てれば解る。

湘北に負けて全国への道が閉ざされた時、表情には出さなくてもどれほど悔しかったのかも。

「それにしても暑いよねぇ。あ、アイスでも食べる?」

流石の私でも、一応はバスケ部に所属し、全国大会をもぎ取った人間として、いつも通りの毒舌を向ける気にはなれない。

なんて返していいのか解らず黙り込んでしまった私に、仙道さんはいつもの笑顔を浮かべてそう提案する。

「・・・仙道さんのおごりなら」

だからかもしれない。

普段は絶対に断るだろうお誘いを受けてしまったのは。

それに・・・確かに面倒な人だとは思うけれど、心の底から嫌いだってわけでもなかったし・・・―――まぁ、本当に面倒な人だとは思うけど。

私の返事を聞いた仙道さんは、浮かべていた笑みを更に深くして、少し歩いた先にあるコンビニを視線で示した。

承諾しておいてなんだけど、奢らされるっていうのにどうして仙道さんは嬉しそうな楽しそうな顔をするのか。

そんなにアイスが食べたかったのかな。―――それなら1人で食べた方が出費も少なくて済むのにね。

それとも1人だとその気になれないとか?

意外と繊細な人なのかもしれない、仙道彰。―――いや、まるっきりそうは見えないけど。

そんな事を考えながら仙道さんと2人でコンビニに入ると、これでもかっていうほど冷えた風が身体の熱を奪っていく。

もう夏だしね、外は暑いからね。

それにしてもこうして客として店に来た私たちはいいけれど、店員さんたちは寒くないのかな。―――それこそ私が心配してあげるような事じゃないだろうけど。

「何にする?」

店に入りそのままアイス売り場に向かった仙道さんは、透明な扉を開ける事無く中を覗いてそう聞いてきた。

ショーケースの中には、見慣れたものから高級なものまでたくさん。

どれにする?なんて聞かれると、正直迷っちゃうんだけど。

「人のおごりなので、折角だからハーゲンダッツを」

「・・・容赦ないねぇ、ちゃん」

「人のおごりですから」

思わず苦笑を漏らす仙道さんにあっさりとそう言い放って、私は他のショーケースも覗き込む。

でもガリガリくんも捨てがたい。

ガリガリくんって、安い割には美味しいよね。

そりゃもう、ハーゲンダッツとは値段が大分違うけど。

とはいえ、流石に人のおごりだとはいえ、ハーゲンダッツを強請るのも悪い気がする。

ここはやっぱりガリガリくんにしとくべきかな?

そう思った、その時だった。

!!」

店内に私の名前を叫ぶ声が聞こえて、思わず振り返る。

するとそこには、待ち合わせをしてたお兄ちゃんの姿が・・・。

時計を見れば、待ち合わせ時間はとっくに過ぎていた。

ああ、本気で忘れてた。

とはいえ、わざわざここまで探しに来るお兄ちゃんもお兄ちゃんだし、最終的に私を見つけてしまうお兄ちゃんもお兄ちゃんだ。

どうせ行く場所は一緒なんだから、先に学校に行ってれば良かったのに。

「お前何やってんだよ、こんなところで!」

店員さんのいらっしゃいませという明るい声を完璧にスルーして、ズカズカと店内に踏み入ってきたお兄ちゃんは、私の前で仁王立ちになると不良時代に習得した凶悪な顔で私を見下ろし怒鳴り声を上げた。

でもまぁ、普通の人なら怯えちゃうかもしれないそんなお兄ちゃんも、私にとっては恐怖の対象にはならない。―――だってお兄ちゃんがどういう人かなんて、私はもう十分に理解してるからね。

だからこそ私はいつもと変わらず、そのままお兄ちゃんを見上げてさらりとありのままを告げた。

「アイス選んでる。人の好意に甘えてハーゲンダッツにしようか、それともちょっとは遠慮してガリガリくんにしようかなと思って」

「あのなぁ・・・!!」

サラッと答えた私に、お兄ちゃんは焦れたように乱暴に頭を掻いた。

多分、そういう事聞いてんじゃねぇとかなんとか思ってるんだろうけど。―――でもまぁ、何やってんだって聞かれたらそう答えるしかないわけだし。

見るからにイライラした様子のお兄ちゃんを見上げながら、とりあえずこの人を落ち着かせるにはどうするかを考えていた私の耳に、今1番聞こえて欲しくない声が飛び込んできたのはほぼ同時の事だった。

「ああ、こんにちは。三井さん」

馬鹿でかい体格してる割には上手くお兄ちゃんの視界から除外されていた仙道さんが、わざわざ私の肩に手を置きながらにこやかにそう挨拶する。

なんならお兄ちゃんの目に止まる前にフェードアウトしてくれれば私的には1番だったのに、どうやら仙道さんにその気はないらしい。

空気が読めないとか、そういう事じゃないだろう。―――仙道さんは明らかにこの状況を楽しんでいる。

厄介な人だとは思うけれど、元々私の仙道さんに対する印象はそんな感じだったから、今更意外でもなんでもないけど。

そんな仙道さんの挨拶に当然気付いたらしいお兄ちゃんは、私に向けていた苛立った表情を不機嫌極まりないと言わんばかりの表情にチェンジして、それはもう殺気の篭った視線を仙道さんへと向けた。

「なんで仙道がここにいるんだよ」

「なんでって・・・そこでばったり会ったから」

そんでもって、アイス奢ってくれるって言うから。

視線を仙道さんに向けたまま私に問いを投げ掛けるお兄ちゃんに、サラッとそう答えて。

ある意味犯罪者よりも危険なお兄ちゃんの視線に晒されているにも関わらず、それでも飄々としてる仙道さんはある意味すごいのかもしれないとぼんやりと思う。―――まぁ、この人はいつもそんな感じだけど。

「奢ってくれるからってほいほいついてく奴がいるか!」

私の返答に自分との温度差を感じ取ったのか、お兄ちゃんはこめかみに青筋を浮かべながら怒鳴り声を上げる。

どうでもいいけど、ここコンビニだからさ。

あんまり大声とか、出さないで欲しいんだけど。

そんな事今のお兄ちゃんに言ったって無駄なのは解りきってたから、私は小さくため息を吐き出すと、興奮か怒りかで真っ赤な顔をしているお兄ちゃんを見上げた。

「だって知らない人じゃないし」

むしろ私としては、そこまで目くじら立てて怒るほどの事じゃないと思うんだけど。

お兄ちゃんだって知ってる人だし。

まぁ、交流があるかどうかって言われれば、微妙としか言いようがないけど。

そんな私の言葉に被せるように、今までニコニコと微笑みながら楽しそうに状況を見ていた仙道さんが満を辞して口を挟んだ。

「ああ、お兄さん、そんなに怒らないで」

「誰がお兄さんだよ!!」

即答で怒鳴り返すお兄ちゃんに、仙道さんはにっこりと微笑み返す。

もしかしなくても、やっぱり仙道さん今の状況楽しんでるでしょ、心から。

「いや、でももしかすると将来的にはそうなるかもしれないし」

「・・・仙道!」

「お兄ちゃん、落ち着いて」

調子に乗って言葉を続ける仙道さんに、お兄ちゃんはいつ切れても可笑しくないほどの形相で怒鳴り声を上げた。

っていうか、いい加減からかわれてる事に気付いた方がいいよ、お兄ちゃん。

だって仙道さん、目がキラキラしてるもん。―――なんかいい獲物を見つけた、みたいな。

っていうか、本気でコンビニでそんな騒ぐのやめて欲しいんだけど。

他のお客さんとか、店員さんとか、興味津々にこっち見てるし。

見世物じゃないと主張したいけど、流石にこれは十分見世物になってる気もするし。

「お前なんかにをやるか!」

なんとなくざわざわとするコンビニの店内で、お兄ちゃんが仙道さんに向けて宣言するように言い放つ。

っていうか、その発言もどうかと・・・。

年頃の娘を持った、頑固親父じゃないんだから。―――まぁ、実際お父さんもそう言いそうな気配はあるけど。

だけど仙道さんもお兄ちゃんに負けてなかった。

どこでどうスイッチが入ったのか、さっきまでからかう気満々でキラキラ輝いてた目が少しだけ細められて、口元には不敵な笑みが浮かぶ。

「でも、それって本人が選ぶ事ですよね?」

「・・・・・・っ!!」

さっきよりも少しだけ低くなった声でそう言われ、その気迫に押されたのかお兄ちゃんが言葉に詰まる。

ちゃんの意思によっては、将来そうなる事もあるわけだし」

ないない。

思わず首を横に振ったけれど、生憎と2人は私の方を見ていない。

お互いがお互いを睨み合ったまま、私なんてとっくに蚊帳の外だ。

いい加減、アイス選んで外に出たいんだけど。

「・・・テメェ」

「ま、せいぜい頑張ってくださいよ、お兄さん」

にっこりと微笑みながら、妙に挑発的にそう言った仙道さんは、私に向かいひらひらと手を振ると何事もなかったかのようにコンビニを出て行った。

っていうか、アイスは?

なんだかまんまと逃げられた感もあるんだけど、流石に引き止めるわけにもいかず、私は黙って隣に立つお兄ちゃんを見上げる。

お兄ちゃんは今もまだ店外に視線を向けたまま。

その目つきは正直凶悪だよ、お兄ちゃん。

「ねぇ、お兄ちゃん」

「なんだよ!」

さっきまでのがやがやが嘘みたいに静まり返った店内に、お兄ちゃんの怒鳴り声が響く。

どうやら機嫌は最高に悪いらしい。―――まぁ、見てれば解る事だけど。

それでも怯む私じゃない。

ここはきっちり、ケリを付けておかなければ。

「仙道さんに逃げられちゃったから、お兄ちゃんが責任持ってアイス奢ってよね」

キッパリそう言い放つと、店外へ鋭い視線を投げていたお兄ちゃんがきょとんと目を丸くして、それから呆れたように隣に立つ私を見下ろす。

「・・・お前なぁ」

「ここは遠慮してガリガリくんにしておいてあげるからさ」

そんでもって、それ食べながらさっさと学校行こう。

寄り道してた私が言うのもなんだけど、いい加減にしないと遅刻しちゃうだろうし。

遅刻しちゃったら、今度は赤木さんとか宥めるの大変だし。

そう言えば、お兄ちゃんは気がそがれたのか疲れたようにため息を吐き出して。

「・・・あー、はいはい」

もうどうでもいいや的な返事を返して、律儀にも私の要求どおりアイスボックスからガリガリくんを2つとってレジに向かう。

これだけ大騒ぎしておいてガリガリくん2つだけの購入じゃ、コンビニの人にはホントに申し訳ないとは思うけど。

でもまぁ、こっちの懐具合もあるしね。―――自腹で買うなら、ガリガリくんが妥当なトコだから。

「ありがとうございました!」

こちらこそ、と言いたくなるくらい元気な店員さんの声を背中に受けながら、私たちはガリガリくんを手にコンビニを出る。

相変わらず、外は暑い。

漸く冷えた身体も、この熱さだとすぐに元通りになるだろう。

まぁこれから学校の体育館でバスケしようっていうんだから、暑さは覚悟の上なんだけど。

体育館って、風通しあんまり良くないから。

これからの苦行にうんざりしながらガリガリくんのパッケージを開けて中身を取り出した私は、ふと感じた視線に顔を上げる。

「・・・どうしたの、お兄ちゃん?」

っていうか、お兄ちゃんいつから私の事見てたの?

早くガリガリくん食べないと、あっという間に溶けちゃうけど?

私がその言葉を口にする前に、妙に真剣な表情を浮かべたお兄ちゃんがいつもからは考えられないほど静かに口を開いた。

「お前、仙道とはよく会ってんのか?」

「いや、別に」

即答。

だって別に友達とかじゃないしね。

一緒に遊びにいくとか、そこまで親しいわけじゃないし。

そう言うと、お兄ちゃんはあからさまにホッとしたような表情をする。

っていうか、何を心配してるんだが。

「あ、でも・・・」

「あ・・・?」

「もしかしたら、よく会う方なのかも・・・」

だって試合会場ならともかく、別に連絡先とか交換してるわけでも待ち合わせしてるわけでもないのに、なんでか今日みたいに街中でばったり会う事多いもんね。

流石に待ち伏せされてたりする事はないだろうし、運命だとかいう仙道さんの言い分を認めるつもりはないけど、もしかするとなんだか妙な縁がある気もしてきた。

「・・・お前」

「ん・・・?」

お兄ちゃんの小さな呟きに顔を上げれば、なんだか硬い表情で私を見つめている。

あれ、もしかして口に出してた?

心の中だけのつもりだったのに・・・―――自分から厄介な種まいちゃったのかも。

別に問い詰められてマズい事も、そもそも問い詰められる理由もない気はするけど、そうなったお兄ちゃんはすごく厄介だから気をつけてたつもりだったんだけど。

だけどお兄ちゃんはそれ以上何も言わず、僅かに目を細めた。

「お兄ちゃん・・・?」

「お前、仙道のこと・・・」

「ん?」

「・・・いや、なんでもない」

そう言って視線を逸らしたお兄ちゃんを見上げて、私はガリガリくんを一齧り。

なんだか、お兄ちゃんの様子が可笑しい。

まぁ、お兄ちゃんの様子が可笑しい事なんてそう珍しくもないけど。

ジッと見上げる私に気付いたのか、お兄ちゃんは気まずそうに歩く速度を速めて。

「ほら、さっさと行くぞ!!」

「・・・はいはい」

なんとなく、誤魔化された気もしないでもないけど。

まるで今にも走り出しそうな勢いのお兄ちゃんの背中を見つめながら、私も歩く速度を速めた。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

からかい半分、本気半分。

もちろん、主人公は気付いていませんが。(笑)

作成日 2010.7.12

更新日 2010.8.8

 

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