「最近、お兄ちゃんの様子が変なんですよね」

全国に向けて最終調整に入った部員たちを前に、隣で大人しくスコアの整理をしていたの何気ない言葉に、これからの日程の確認をしていた私は顔を上げた。

っていうか、三井さんが可笑しいのなんていつもの事じゃないの?

 

真偽の程は?

 

とは流石に言えるはずもなくて、私は日程表からコートの中で走り回っている三井さんに視線を向けた。

こうして見てる限りでは、特別変なところはない。

調子も悪くなさそうだし、気合も十分入ってるみたいだし。

そんな思いを込めてを見やれば、は相変わらずスコア整理を続けながら私へと視線を向けた。

「彩子さんは、変だな〜と思いません?」

「いや、別に。大体、三井さんが変・・・変わってるのなんて、今に始まった事じゃないし・・・」

あ、言っちゃった。

「まぁ、それもそうなんですけど」

しかもサラッと肯定されちゃった。

三井さんも、妹にこうキッパリ言い切られちゃってる辺りどうなのかしら?

半ば呆れながら、もう1度コートの中の三井さんを見やる。

やっぱり、こうして見てる限りでは特別可笑しいとは思えなかった。

だから次に、休憩中や部活が始まる前の三井さんを思い出す。

「・・・・・・」

すっかり日程の確認を忘れて考え込んだ私は、やっぱり可笑しなところなんてない・・・と納得しかけて、しかしふとある事に思い至る。

休憩中や部活が始まる前。

ずっとじゃないけど、ふとした時に考え込むようにボーっとどこかを見ている三井さんの姿を思い出したからだ。

・・・確かに、ちょっと変かもしれない。

いや、別に三井さんが考え事をしてる事が変だって言ってるわけじゃないんだけど。

でもあんな風に物思いに耽る三井さんを見たのは初めてだった事は確かだ。

休憩中や部活が始まる前はいつもなんやかんやとの周りをうろちょろして、当のに「うっとうしい」やら「暇なら自主練でもしてたら?」とか、素っ気無くあしらわれてるっていうのに、そういえば最近の三井さんは以前ほどの周りをうろちょろしてない気がする。

そりゃ帰る家は同じなんだから兄妹仲良く揃って帰宅する姿は変わらないけど・・・―――今までのシスコンぶりから考えれば、ちょっと違和感があるのも事実だ。

流石の三井さんも高3なんだし、そろそろ落ち着いたっていう可能性もあるけど。

「・・・・・・」

いや、ないな。ないない。

今落ち着いてるなら、もうとっくに落ち着いててもいいわけだし。

今更?って気もするし。

だとすれば、確かにが三井さんを見て「様子が可笑しい」って言うのも当然なのかもしれない。

問題は、どうして急に三井さんの様子が可笑しくなったのかなんだけど。

「何かきっかけとか思い当たる事はないの?」

当然私に思い当たる事なんてなくて、隣で淡々とスコア整理を続けるへと声をかけた。

いや、これはただの好奇心じゃないわよ。

マネージャーとして、全国大会を控えたレギュラーである三井さんの心配をしてるだけだから。

私の問い掛けに、は整理の手を止めてきょとんとした顔で私を見る。

「きっかけ、ですか?」

「そう。たとえば、こういう事があった後から様子が可笑しくなった・・・とか」

まぁ、それが解ってればだって原因くらいは察してるだろうけど。

だけどそんな私の予想とは裏腹に、はさらりとなんでもない事のように呟いた。

「そういえば、この間仙道さんと出くわした後くらいからですかね、様子可笑しくなったの」

「・・・は?」

あんまりにもあっさりと言うからうっかり流しそうになったけど、思わぬ名前が出てきて私は思わず目を丸くした。

仙道さん?

仙道さんって、あの陵南の仙道さん?

っていうか、なんでここで仙道さんの名前が?

、あなた仙道さんと知り合いなの?」

「知り合いですよ。彩子さんも知り合いでしょ?」

そりゃまぁ、知ってるか知らないかで言えば確かに知ってる人ではあるけど。

でもそれって、対戦校のエースくらいの認識でしかないから。

そういった場所以外で、仙道さんと会う事もないし。

、仙道さんとよく会ったりするの?」

「会ったりっていうか、よく街中で出くわすんですよね。あと試合会場とか。陵南の1年生使って私の事調べさせたりするし。―――まぁ、実際は私の事なんて湘北メンバーのついでみたいなもんでしょうけど」

これまた大した事ないと言わんばかりにあっさり言ってのけるを前に、私は呆然とその場で固まった。

ついで・・・なんてあっさり言うけど、それって普通じゃないんじゃないの?

だって私、仙道さんに声掛けられた事なんて1度もないもの。

しかも1年生使って調べられるなんて、やっぱり普通じゃありえないわよ、それ。

そこまでするって事は、多少なりとも好意があるんじゃないかって思うのが普通なんじゃないかと思うんだけど。

チラリと横目でを窺っても、当の本人は言葉通り気にしてる様子はまったくない。

気付いてないのか、それとも気付いた上で知らないふりをしてるのか。―――この子の場合は表情から読みにくいから判断しづらいけど、これまでの経験からすると間違いなく前者っぽい。

恋愛方面鈍いもんね、この子。

可愛い顔してるから結構人気あるっていうのに、まったく気付いてないみたいだもの。―――まぁ、そこら辺はシスコンの兄の存在が大きいんだろうけど。

でもこの子だって年頃なんだから、そういった浮いた話って言うの?少しくらいあっても可笑しくないのに・・・。

晴子ちゃんみたいに・・・とまでは言わないけど、イケメンを見て頬を染めてみたりだとか?

実際のこの子は、流川と超接近しても無表情だもんね。

まぁ、そうじゃなくちゃマネージャーとしては困るんだけど。

そこまで考えて、私はふとある疑問を抱いた。

そういえばこの子のそういった話って、今まで1度も聞いた事がない。

確かに私とは先輩後輩だけど、年頃の女の子なんだから1度くらいそういう会話が出ても可笑しくないはずなのに、考えてみれば1度もそんな話した覚えがない。

いや、まぁ私だってそういった話をした記憶はないけど。

1度そこに思い至れば、気になるのが人間の性ってものよね。

私は自分自身にそう言い訳をしつつ、半分以上好奇心を抱きながら恐る恐るに声をかけた。

って、仙道さんの事好きなの?」

「・・・は?」

そう問いかければ、は呆気に取られたような表情で私を見る。

思えばこの子のこんな表情なんて初めて見る気がする。―――いっつも無表情で飄々としたイメージがあるから。

私の問い掛けに、はハッと我に返ったのか、少しだけ考え込む素振りを見せて。

「まぁ、好きか嫌いかで言えば嫌いではないですけど」

っていう事は、好きって事なのね。

この子がはっきりと好きだって言わないだろう事くらいは予想済み。

ってば結構天邪鬼なところがあるから、そう言葉を濁すって事は好きなんだって事だろう。―――それが恋なのか友情なのかは、2人のやり取りを知らない私には量りようもないけれど。

「じゃあ、の好みのタイプってどんな人?」

「なんですか、急に」

「まぁ、ちょっと気になったのよ。今までそういった話ってした事なかったし。―――好きな人とかはいないんでしょ?」

「・・・なんでいないと断言されるのかが、私としては不思議なんですけど」

「え、いるの!?」

「いますよ、好きな人くらい」

あっさりとそう切り返され、私は思わず声を上げてしまった。

それに気付いた休憩中の部員たちが、何事かとこちらを見る。―――その中には、三井さんの姿もあった。

しまったと思ってももう遅い。

こうなったら聞くところまで聞かなきゃ、余計にもやもやが残って大会にも支障があるかもしれない。―――の返答次第によっては、支障どころの話じゃないかもしれないけど。

「・・・それって、誰なのか聞いたら教えてくれる?」

気持ち恐る恐るそう切り出した私に、は少し思案するように視線を泳がせて。

だけどすぐに決断したのか、その視線をある1点へと向けてキッパリと言い切った。

「リョータくん」

「・・・は!?」

「だから、私が好きな人ってリョータくんですよ」

「お、俺ぇ!?」

こっそり話を聞いていたリョータが、の爆弾発言に思わず声を上げる。

それに更に部員の目をひきつけている事に気付いているのかいないのか、は事もなげにコクリと頷いて見せた。

私、今三井さんの顔見るのすごく怖いんだけど。

「な、なんでよりによってリョータなの?」

「彩ちゃん、よりによってって・・・!」

関係のないところでショックを受けるリョータはそのままにするとして、私としては意外な結果に問い詰めずにはいられない。

確かにリョータはいい奴だけど、だからってが惚れるタイプだとは思えない。

いや、私の好みなんて知らないんだけど。

「なんでって言われても・・・」

私の疑問に困ったように首を傾げる

これは本格的にヤバイ状態になってきたかもしれない。―――そう思った時、1人うなだれていたリョータが表情を引き締めての前へと歩み出た。

ちゃん。ちゃんの気持ちは嬉しいけど、俺には彩ちゃんという人が・・・」

「別に私とあんたの間に特別な関係なんてこれっぽっちもないんだけど」

「彩ちゃん・・・!!」

私の率直な答えにまたもやショックを受けるリョータ。

だけどリョータの返答を聞いたはこれっぽっちも落ち込む様子もなく、いつも通りの飄々とした様子でさらりと呟いた。

「知ってますよ、それくらい」

「・・・ああ、そう」

まぁ、説得力があるかどうかは置いておいて、リョータが私の事好きだって言うのは最早日常茶飯事だしね。

じゃあ、は報われない恋をずっと続けてるっていうの?

突然当事者となった私が言うのもなんだけど、そういう風には見えないんだけど。

そんな私の疑問を読み取ったのか、は当然とばかりに言い放った。

「私は、彩子さんを好きなリョータくんが好きなんですよ」

「・・・私を好きなリョータが?」

「はい。だから別にリョータくんが彩子さんを好きな事自体に問題はないって言うか、むしろそうじゃないと困るっていうか」

少しだけ眉を寄せて、本当に困りますと言わんばかりに小さく首を傾げたを見て、私とリョータも思わず一緒に首を傾げた。

「・・・ごめん、。私ちょっと意味が解らないんだけど」

「そうですか?」

そんな意外そうな顔しないで、

私、本当に意味が解らない。

がリョータを好きだっていうのはともかくとして、普通その好きな相手が別の誰かを想ってたら、悲しかったり苦しかったりするんじゃないの?

それなのには全然そんな素振りはないし、逆にそうじゃないと困るとまで言う。

本当に、意味が解らない。

「じゃあ、つまり。リョータが私の事好きだって言うの止めたら、はもうリョータの事好きじゃないって事?」

「好きじゃない事はないですけど、まぁそんな感じかな?」

「・・・・・・」

「私は彩子さんを一途に思ってるリョータくんが好きなんです」

キッパリと言い切ったに、私はまたもや小さく首を傾げる。

それって、恋って言うの?

それって、自分もそんな風に思われたいって言う理想なんじゃなくて?

の言葉のどこまでが本気なのかが分からない。―――本気で言ってるとしたら、結構厄介かも。

「じゃあ、桜木花道とかも好きだったりする?あの子もいつも晴子ちゃん晴子ちゃんって煩いくらいだけど」

「えー、桜木くんかぁ・・・。どうだろう?」

そこは肯定しないのね。

ホントにの考えてる事がよく解らないわ。

リョータは良くて桜木花道はダメな理由が。―――私を好きだって言ってないリョータの事も好きで歓迎するっていうんなら解らなくはないんだけど。

それよりも何よりも、自分で話振っておいてなんだけど、この状況ってどうやって収拾つければいいのかしら?

チラリと横目で三井さんを見れば、やっぱりというか当然ながら怖い顔をしてる。

その視線の先は、勿論リョータ。

この子、無事に全国に行けるのかしら?―――今一番心配なのは、そこよね。

そう思ってため息を吐いた私は、その直後リョータを睨んでいた三井さんがふいと顔を逸らして体育館を出て行くのに気付いて首を傾げた。

あれ?

どうしたんだろ、三井さん。

いつもならぎゃあぎゃあ文句言いながらリョータに絡んでいきそうなものなのに、何も言わないなんて。

あわや乱闘騒ぎか、とまで心配したってのに、なにこの呆気なさ。

『最近、お兄ちゃんの様子が変なんですよね』

ふいにさっきが呟いていた言葉が頭の中に甦る。

確かに、そうかもしれない。

どこがどう、って聞かれれば答えにくいけど、確かにちょっと変かも。―――いや、が絡んでるのにこのあっさりさはむしろ可笑しいのかもしれない。

とうとう妹離れする気になったのか、それとも天変地異の前触れか。

「どうしたんですか、彩子さん?」

思わず額に手を当てた私に気付いて、が不思議そうな面持ちで私を見上げる。

どうしたんですか、って。

ものすごい爆弾投下しておいて、よく平然と・・・。―――とは言っても、聞き出したのは私なんだけど。

妹離れか、天変地異の前触れか。

これから念願の全国大会だっていうのに、とんでもない爆弾抱え込んじゃった気分。

「さ、そろそろ休憩終わりましょうか」

あっさりとそう言って部員たちのタオルを回収に向かうの背中を、私は恨めしい気持ちで見つめた。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

実はスラムダンクで私が1番好きなキャラは、宮城リョータだったりします。

だったらリョータ夢書けよとか思わず突っ込みたいところですが。(自分で)

いや、でも彼には彩子さんがいますから。(笑)

私の中では2人はもうカップル同然なので、手を出す気になれないんですよね。

作成日 2010.7.31

更新日 2010.10.10

 

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