晴れ渡った、とても気持ちの良い日。

部活で使うテーピングなどの買出しを命じられた私は、その使命を全うすべく街に出た。

「そこのお嬢〜さん」

そんな私の背後から、使い古された声が掛けられた。

 

青空

 

凄く係わり合いになりたくなかったけれど、今時そんなセリフを吐くのがどんな奴なのか興味を引かれて、私は思わず振り返ってしまった。

そこにいたのは、どこかで見たことある顔で。

それなりに整った顔立ち―――こんなナンパなんてしなくても、立ってるだけで女の子は寄って来るんじゃないかとどうでも良いことを考える。

つんつんと天に向かって立った、いやに馬鹿でかい男。

うん・・・やっぱり、どっかで見たことあるような?

「あ、やっぱり!君って湘北のマネでしょ?」

その男はへらへらと笑みを浮かべて私の前に立つ。

私が湘北のマネってことを知ってるってことは・・・バスケ関係者か。

湘北以外のバスケ関係者に知り合いは・・・まぁ、いないとは言わないけど。

だけど私が湘北のマネをしてるって知ってる人はそれほど多くないだろうから・・・今まで関わった人たちの中から推測するに、もしかして陵南関係者?

「・・・あ」

唐突に思い出した―――っていうか、思い出すの遅すぎだ。

「陵南の・・・ええと、仙道彰?」

「あれ?俺の事覚えててくれたの?」

どうやら名前も合ってるみたいだ。

しかしあの仙道さんが、まさかこんな古い文句を使うとは・・・いやはや、世の中って不思議だね。

「こんな所で何してるの?」

「それはこっちのセリフですが?」

聞かれて思わず素で返した―――ああ、せめて一匹くらい猫被っとくべきだったかな?

そんな事を思うけれど、仙道さんは大して気にしてないようだ。

相変わらずへらへらと笑顔を撒き散らして、私を見下ろす。

「俺はねぇ・・・。まぁ、言うところのサボリってやつ?」

「・・・なるほど」

こんな人相手にあれだけ苦戦したのが馬鹿らしい気がする。

プレイしてる時は凄いなぁとか思ったんだけど―――まぁコートの中と外で人格は一致しないと言う事はお兄ちゃんで認識済みだから、大して驚きはしないけど。

「もしかして、君もサボリ?」

「人聞きの悪いこと言わないで下さい」

人がこれだけの荷物抱えてるっていうのに、サボリなんて不名誉な。

「じゃあ、買出しとか?」

「見ての通りです」

「・・・君っていつもそんな感じ?」

「そんな感じとは?」

言われてる意味は何となく解ったけど、それを素直に答えてやるのが癪に障ったのであえて惚けて見せた。

すると仙道さんはあっさりと言葉を付け足す。

「いつもそんなに冷たい感じなの?」

またえらく率直に言われたものだ。

こう・・・オブラートに包むなんてマネはしないんだろうか?―――それはそれで好感が持てるかな?

私は少しばかり口角を上げて、仙道さんを見上げた。

どうでも良いけど、この人背が高いから首が疲れるんだよね。

「もしかしたら、いつもよりも3割増しになってるかもしれません」

「なんで?」

「ナンパ男を相手にするつもりは毛頭ないんで」

キッパリと告げると、仙道さんは目を丸くした。

「・・・なるほど」

呟いた後、心底楽しそうに喉を鳴らして笑う。

訝しげに眉を顰めると、仙道さんは笑い声のまま言った。

「いつもより3割増しってことは、それって地なんだ」

そこを突っ込まれるとは思ってなかった。

私は驚いた顔をしてたんだろう―――仙道さんが再び笑い出す。

それを目に映して、なんだか私も可笑しくなったので同じように笑った。

「君の名前、教えてくれる?」

笑みを浮かべたまま言われて・・・意外にも少しだけ仙道さんに好意を持ってしまい、素直に名乗ろうかとも思ったけれど、私はニコリと笑顔を浮かべてただ仙道さんを見上げた。

「企業秘密です」

「えぇ!?なんで??」

「ナンパには関わらないようにしているもので」

「ナンパって・・・俺たち顔見知りでしょ?」

「顔を知ってるだけじゃね」

軽く返事を返して、手に下げた袋を抱えなおす。

いい加減、これ重い―――立ち話はこれくらいにして、さっさと戻りたいんだけど。

「それじゃ」

未だに何か話している仙道さんに軽く挨拶して、私は再び歩き出した。

いつまでも付き合ってられないし。

「あ、ちょっと待ってって!」

慌てて追いかけてくる気配がする。

かと思ったら、急に腕が軽くなった―――振り返ると、私の持っていた荷物を軽く持つ仙道さん。

「・・・返してください」

「持ってあげるって。重そうだし・・・」

「結構です」

「そんなこと言わずに」

軽く背中を押されて再び歩き出す―――その横を歩く仙道さんを見て軽くため息を吐く。

「暇なんですね」

「まぁね。どこか遊びに行こうかと思ってたんだけど・・・」

「お好きにどうぞ」

「・・・練習に出ろとか言わないの?」

「何で私が陵南の心配をしなくちゃいけないんですか。湘北だけで手一杯です」

問題児が多くて、他のこと考えてる余裕なんてないんだよ。

「ふぅん・・・、冷たいの」

「仙道さんが練習しようとしまいと、私には関係ありませんから」

寧ろ練習しない方が、楽に勝ててラッキー?

いや、でもそんな勝ち方は後味悪いよなぁ・・・。

無言のまま歩き続ける。

湘北まではまだ遠い―――ずっとこのままだと、居心地悪いんだけど。

でもまぁ、べらべらと話されるのも疲れるし・・・。

っていうか、この人何処までついてくるつもりなんだろう?

湘北まで?

うわ、洒落にならない。

そんなことを考えていると、仙道さんがピタリと足を止めた。

不思議に思って振り返ると、面白い物を見つけた子供のような顔をして立っている。

「仙道さん?」

「決めた!俺今から練習に出るわ!」

一体どういう心境の変化か。

ともかくも止める気もないし。

「そうですか。まぁ、頑張ってください」

社交辞令で声を掛ければ、嬉しそうな笑顔が返ってくる。

仙道さんの手から荷物を受け取って―――そのまま歩き出そうとすると、いきなり腕を掴まれた。

「・・・なんですか?」

「これ」

面倒臭かったけれど、掴まれたままだと歩けないので振り返ると、目の前に小さなあるモノを差し出された。

それは、青い折りたたみ傘。

「・・・・・・」

「貸してあげる」

「・・・これをどうしろと?」

「いいから、いいから」

強引に手に押し付けられて、思わずそれを握る。

するとパッと手を離されて、顔を上げた時には仙道さんは既に走り出していた。

「ちょっと!!」

「またね!」

その言葉を残して、完全に消え去った仙道さんの顔を思い浮かべて首を傾げる。

一体何がしたかったんだろう?

ともかくも、ボーっと立ってても仕方ないし。

再び歩き出した私は、しばらく経ってからポツリと頬に冷たいものを感じた。

思わず空を見上げると、目に映ったのは黒く重い雲で。

買出しに出る前は、あんなに晴れてたのに。

ポツポツと落ちてくる大粒の雨に、私はさっき仙道さんに押し付けられた折り畳み傘の存在を思い出して、慌ててそれを広げた。

間一髪濡れずに済んで・・・私は雨で視界の悪い中、仙道さんが去って行った方へ視線を向けた。

もうそこにいるハズはないんだけど。

案の上、そこには誰の姿もなくて。

だけど脳裏に甦る、仙道さんの笑顔。

今日、雨降るって言ってたっけ?

そういえば天気予報見てこなかったなぁ・・・。

「意外に、マメな人だったんだ」

ポツリと、誰に言うでもなく呟いて。

そうして仙道さんに借りた青い折り畳み傘を見上げる。

その青は、青空の青ととてもよく似ていた。

「仙道彰か・・・」

思ったよりも、嫌いじゃないかもしれない。

とりあえず、今度会ったときはちゃんとお礼を言わないと。

ご所望なら、お茶くらいなら付き合っても良いかもしれない。

そんな事を思いながら、私は湘北に戻るべく歩き出した。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

仙道さんとの出会い。

やっぱりなんかドライです、ヒロイン。

最初はこんな子じゃなかった筈なんだけど・・・(笑)

何処でどう間違ったのか。

作成日 2004.7.4

更新日 2007.9.13

 

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