「また、いるし・・・」

思わず呟いてしまった私の声を聞きつけて、体育館の入り口を遮るように立つ集団の1人が振り返った。

 

 

「ああ、おはよう・・・っていうか、そんな時間でもないか」

「そうだね。取り合えず、おはよう」

挨拶はきっちりと返すべきだ―――と考える私は、自分に向けられた挨拶にきっちりと返事を返した。

体育館の入り口には、桜木軍団を名乗る・・・所謂彼の追っかけ(違う)が道を塞いでいる―――その隣には赤木先輩の妹の晴子ちゃんが、流川くんを見て夢見心地になってるし、更にその隣には流川くん親衛隊と名乗る集団もいる。

まぁ、ありがちないつもの光景だ。

そんな中で私に気付いたのは1人だけ。

私が見てきた中で一番桜木くんと仲が良く、そしてある意味一番の常識人、水戸洋平くん。

だからなのか、私にとってはバスケ部以外の男の子の中では一番仲が良い人でもある。

「何やってるの?」

「見ての通りだよ。今日も花道の応援だ」

「・・・意外と暇なんだね」

「そう言うなって・・・」

軽い雑談を交わして、私は体育館の方に視線を向ける。

人が壁になってて、中の様子は全く見えない―――ただボールの跳ねる音と、部員たちの掛け声が聞こえてくるだけだ。

ちゃん、今日は遅いんだな」

同じように体育館に視線を向けていた水戸くんが、私に視線を移して言った。

きっと彼には、あの人ごみでも中の様子がしっかりと見えるんだろう―――なんか、ちょっと悔しい。

「うん、委員会があってね。遅れるって伝えてあるから大丈夫・・・・・・桜木くんか流川くんが忘れずにちゃんと伝えておいてくれてれば」

その辺、結構怪しいんだけど。

できれば他の人に伝言頼みたかったんだけど・・・時間もなかったし、他に人がいなかったんだよね。

付け加えた私の言葉に、水戸くんが苦笑した。

彼も結構、怪しいと思っていると見た。

まぁ、それも今更なんだけど―――伝わってなければ、怒られるついでに説明すれば良い。

それから2人に、多少の嫌がらせでも考えよう。

それにしても・・・。

部活に出る為に来たは良いけど・・・どうにもこうにも中に入れない。

はっきり言えば、桜木軍団とか流川親衛隊とかが邪魔で。

そんな私に気付いたのか、水戸くんが桜木軍団の方へと近づいて彼らを入り口の近くから退けてくれた。

「どうぞ、お姫様」

「寒っ!!」

にっこりと私に笑顔を向ける水戸くんのセリフに、思わず本音が漏れた。

「ちょっと傷付いたんだけど・・・」

「それはそれは・・・ご愁傷様」

ちっとも傷付いた風ではない水戸くんに軽く言葉を返して、彼が作ってくれた道から体育館の中に入る。

「ありがとう」

振り返ってお礼を言えば、気にすんなとばかりに手を上げて、オプションに優しい笑顔をつけてくれた。

うん、彼は良い人だ。

心の底からそう思って・・・そのうちお礼をしなきゃいけないな、なんて微かに思う。

こうやって体育館の中に入るのは、今日でもう10回は軽く越していた。

 

 

!もー、遅いじゃない!!」

水戸くんの手を借りて体育館に入った私に一番早く気が付いたのは、バスケ部のマネージャーとしても歳の上でも先輩である、彩子さんだった。

こちらに向けられる彩子さんの表情を見て、桜木くんと流川くんのどちらもが私の遅刻の伝言を伝えてくれていないのだと判断する。

万が一に備えて2人共に頼んでおいたのに・・・保険にもならないんだな、あの2人は。

とりあえずどんなお仕置きをするのかはひとまず置いておいて。

小走りに彩子さんに駆け寄って、遅刻の理由を説明する―――委員会だと言えば、あっさりと納得してくれた。

これも日頃の行いだな、と改めて思う。

「次からはちゃんと言っておいてね、心配だから・・・」

「ええ、次は必ず」

もう絶対に桜木くんと流川くんには頼まない―――彩子さんが何を心配しているのかは解らないけれど、出たくもない委員会に出た挙句に遅刻扱いじゃあ、あんまりだ。

とりあえずいつも通り、桜木くんの練習を見るか・・・と肝心の桜木くんは何処に行ったと体育館内を見回した時、そこに見覚えのない人を見つけた。

「・・・彩子さん」

「ん〜?」

既にマネの仕事に戻っている彩子さんに声を掛ける。

スコアブックに視線を落としていた彩子さんが顔を上げて、不思議そうな表情で私の顔を見下ろした。

「どうしたの?」

「あれ、誰ですか?」

私の視線の先には、昨日までは確かにいなかった人。

茶色に染められたクルクルの短い髪(あれは天然だろうか?)の、バスケ選手としてはずいぶんと小柄な人。

その人は、桜木くんを相手に解り易すぎるくらい見え見えなフェイクを掛けていた(そして桜木くんは見事それに引っかかっていた)。

「ああ、そういえばは今来たんだもんね」

それじゃあ知らないわよねぇ・・・なんて、彩子さんはカラカラと笑う。

その様子から見て、その人がバスケ部関係者なのだと判断した。

彩子さんの言葉から感じられる親しさから推測して、おそらくは2年生―――先輩相手に彩子さんはあんな言い方をしないだろう。

「紹介するわね。ちょっと待ってて・・・」

そう言い残して、彩子さんはその人の所へ駆けていく。

普通は私が行くべきではないのかと思ったので、同じように彩子さんの後をついてその人のところに向かった。

「あれ?彩ちゃん、その子は?」

その小柄な人は、駆け寄った彩子さんの後ろに控える私に気付いて首を傾げる。

「この子は新しく入ったマネージャーよ。あんた会うの初めてでしょう?」

彩子さんが私の背中を押して、その人の前に私を突き出した。

やっぱり身長はあんまり高くないな・・・なんて失礼な事を思ったり。

「初めまして、です。よろしくお願いします」

「ああ、こっちこそよろしく」

握手を求められたので、私も手を差し出した。

そんな私たちを見て、彩子さんは満足げに微笑むと再びカラカラと笑う。

「こいつね、この間まで入院しててさ。ついこの間退院してきたばっかりなのよ」

「なるほど。だから今まで見たことなかったんですね」

「そういう事」

握手していた手を離して、改めてその人を見た。

なんだか最近、『入院』と言う言葉をよく聞く気がする。

病気なのか怪我なのかは解らないけれど・・・まぁ、病弱そうにはお世辞にも見えないけれど―――病院も今は忙しいだろうなぁとどうでも良いことを考えた。

そういえば・・・。

「私まだ、貴方の名前を聞いてないんですが・・・?」

練習に戻ろうとしていたその人の背中に問い掛けると、その人はしまったとばかりに勢い良く振り返った―――彩子さんも同じような顔をしている。

「そういえば、言ってなかったっけ?」

「ええ、残念ながら・・・」

「言ったつもりになってたよ。俺とした事が・・・」

何が『俺とした事が・・・』なのかは解らない。

この人には、出会った人出会った人に名前を名乗る癖でもあるんだろうか?

「ごめん、ごめん。じゃあ、改めて・・・」

その人は照れくさそうに微笑みながら、口を開く。

「俺は宮城リョータ。2年でポジションはポイント・ガード。よろしく」

再び差し出された手を、私は握り返す事が出来なかった。

瞬時に頭の中が真っ白になって・・・それこそ『私とした事が』思わず絶句してしまう。

「宮城・・・リョータ?」

思わず呟いてしまった私に、その人―――宮城さんと彩子さんが揃って首を傾げた。

「どうしたの、?」

「俺の事、知ってんの?」

同時に私の顔を覗き込んだ2人に我に返って、私は作り笑いを顔に貼り付ける。

「・・・いいえ、別に」

それ以上言葉が続かない。

カラカラになってしまって張り付く喉が不快だ。

唾を飲み込んで少しだけ潤った喉に鞭打って、私は宮城さんに問い掛けた。

「宮城さんは・・・入院してたって・・・」

「ああ、リョータで良いよ。―――うん、そう。入院してて数日前に退院したんだよ」

「どうして入院してたのか、聞いても良いですか?」

私の質問に、宮城さん(この際、お言葉に甘えてリョータくんと呼ばせてもらおう)は見るからに眉間に皺を寄せた。

それだけで、私には十分だった。

「喧嘩よ、喧嘩」

バツが悪そうに黙り込んでしまったリョータくんの代わりに、彩子さんが軽い口調で言う。

「・・・喧嘩ですか」

「そう。まぁ、こいつは喧嘩っ早いところがあるけど根は良いやつだからさ」

「大丈夫です。気にしてませんから」

さり気なくフォローを入れる彩子さんに微笑みかける―――怯えた様子のない私に安心したのか、リョータくんも硬い表情を和らげた。

「さぁさ、自己紹介も済んだことだし・・・さっさと練習に戻りなさい!」

彩子さんの畳み掛けるような言葉で、リョータくんは桜木くんの方へ追いやられる。

離れていく後ろ姿をぼんやりと見送っていた私に、リョータくんは振り返って。

「そういえば、ちゃんの苗字って聞いてなかった。なんて言うの?」

無邪気な笑顔を向けてくるリョータくんを、私は少しだけ恨めしく思った。

私がなんなのか―――どういう縁を持つ人間なのかを知った時、貴方はどう思うだろう?

私の返事を待っているリョータくんを目に映して、私はにっこりと微笑んだ。

「三井です。私の名前は、三井

その瞬間、リョータくんの目が驚きに見開いて・・・すぐに元通りになる。

「へぇ・・・。まぁ、よろしく!」

気付かなかったのか、リョータくんは変わらない笑顔を浮かべて桜木くんの下に戻った。

そうだね、三井なんて別段珍しい苗字じゃないし。

1年の中にも、同じ三井って苗字の人いるし。

「・・・でも」

ポツリと呟く。

でも残念ながら、私の苗字はただの偶然じゃないんだよ。

「・・・?」

私の呟きを聞いたからか、それとも様子がおかしかったからなのか、彩子さんが心配そうな表情で私を見る。

それになんでもないと再び笑みを浮かべて。

「さぁ、仕事しましょう」

不自然なほど明るく装って、私は踵を返した。

 

 

部活後の体育館は、怖いくらい静かだ。

今日は桜木くんも流川くんも自己錬をしないのか、さっさと帰宅して行った。

モップ掛けを終えて、私は1人床に座り込んで眩しいほどの光を放つライトを見上げる。

「何してるんだ?」

不意に声を掛けられて、私はライトから視線を逸らした。

目に焼きついたライトの光が邪魔で、視界が悪い―――けれども聞こえて来た声と輪郭から、それが誰なのかはすぐに解った。

「それはこっちのセリフです、赤木先輩。もう帰ったんじゃなかったんですか?」

「体育館のライトがまだ点いてたから、様子を見に来たんだよ」

私の前に立って、赤木先輩は遥か上から私を見下ろす。

その大きな身体でライトの光は遮られて、私の顔に影が落ちた。

「・・・先輩」

1つため息を吐いて、赤木先輩を呼ぶ。

「なんだ?」

「今日バスケ部に復帰した、リョータく・・・宮城先輩の事ですが・・・」

「ああ」

あっさりと返って来た返事に、私はそれ以上言葉を続けることが出来なかった。

膝を抱えるよう身を縮こませて、赤木先輩から視線を逸らす。

赤木先輩はその場から動こうとせずに、無言で私を見下ろしていた。

「・・・彼は」

再び口を開いた私の名前を呼んで。

顔を上げると、そこには感情の読めない先輩の顔があった。

「あいつは・・・退院はまだなのか?」

「・・・はい。もうすぐだと思いますけど」

「・・・・・・そうか」

ため息混じりに声を吐き出して、赤木先輩は漸く私と同じように床に座り込んだ。

「ごめんなさい」

「・・・何故謝る?」

「だって・・・リョータくんが今まで戦線離脱していたのは、お兄ちゃんのせいだから」

「だからといって、お前が謝る必要はないだろう?」

「馬鹿兄貴を持つ妹は苦労するんです」

そう言って笑う。

視線を向けると、赤木先輩も微かに笑っていた。

「んな事は良いから・・・とっとと帰れ」

背中を押されて立ち上がる。

苦笑を浮かべる赤木先輩を、今度は私が見下ろして。

「じゃあ、失礼します」

「ああ。気をつけて帰れよ」

簡単な挨拶を済ませて、私は体育館の入り口に向かった。

「・・・!」

体育館を出る間際、突然声を掛けられて振り返ると、まだ座ったままの赤木先輩が私を見据えているのに気付く。

「・・・なんですか?」

「あいつは・・・もうここに戻ってくる気はないのか?」

投げかけられた疑問に、私は薄く微笑む。

「さぁ?どうでしょう・・・」

それ以外、私にどう答えられると言うのか。

そんな事は、私の方が聞きたいくらいだ。

お兄ちゃんはもう、バスケをする気はないの?

私がこうしてバスケ部のマネになったことは、全くの無駄だった?

どんなに馬鹿兄貴だって、私にとっては大切なお兄ちゃんだから。

だから後悔して欲しくない。

お兄ちゃんが、本当はバスケ部に戻りたいって思ってる事は知ってる。

だからもう、意地を張るのはやめようよ。

素直に、やりたいことをやってよ。

「また、明日」

すべての言葉を飲み込んで、私は帰路につく。

この後、何が起こるのか・・・私はまだ知らない。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

今回はちょっと暗い感じ?

とうとうヒロインが誰の妹なのか判明しました(って既にバレバレだったけど)

ミッチーは、1話後にリョータくんと喧嘩して入院したと思ってください。

このドライ・・・っていうか毒舌(?)なヒロイン、結構気に入ってます。

早くいろんな人と絡ませたい!と思いつつ、次回は湘北バスケ部危機の回です。

作成日 2004.7.5

更新日 2007.9.13

 

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