安西先生の登場のお陰で、こじれにこじれまくった騒動はあっけなく幕を閉じた。

今日は練習にならないと、本当に今更そう思った。

 

馬鹿野郎

 

病院は騒がしいのか静かなのか、よく解らない所だと改めて思う。

普段、昼間なんかはとても賑やかなのに、それを少し過ぎるだけでまるで別世界のように静まり返る。

昔、お兄ちゃんが膝を壊して入院した時、面会時間に間に合わなくて夜病院に忍び込んだことがあったけれど、あの時は吃驚するほど静かだった。

今から思えば、お兄ちゃんはなんて入院回数が多いんだろう。

健康な身体をしてるくせに、気がつけば入院してるんだからおかしなものだ。

まぁ、そんな事はどうでも良いんだけど。

乱闘騒ぎで怪我人続出の為、急遽バスケ部総出で病院に向かった。

救急車を呼ばずに済んだだけ、幸いだと思う。―――あれだけ流血していた桜木くんや流川くんがどうして歩けるのか不思議に思ったけれど、そこは『人体って不思議』の一言で流させてもらった。

あまりにも大勢が押しかけたせいか、治療は思ったよりもスムーズに行かない。

最も治療が最優先されるだろうと思える流川くんが待っている間、額から流れる血をなんとか止めようと、持っていたタオルを彼の額に押し付けた。

「痛そうだね、流川くん」

「・・・別に。大した事ねー」

そんな大口を叩く流川くん。―――だけど脂汗が出てるよ。

これだけ出血してよく生きてるなと思うけれど、死なれたら困る事は確かなので、流川くんの生命力に感謝する事にした。

「ごめんね」

「・・・お前が謝る必要ねーだろ?」

あまりにも痛々しいその姿に流石の私も心が痛み謝罪すれば、そんな素っ気無い言葉が返ってくる。

流川くんから温かい言葉が返ってくることは期待していない。

それよりも、フォローの言葉が返ってきたことに私は驚いていた。

「一応、私の兄がやったことだから・・・」

「でも、おめーに殴られたわけじゃねー」

確かに、それはそうなんだけど。

タオルで隠れてよく見えない流川くんの顔を覗き込めば、そこには普段と変わらない無表情がある。―――けれど、目に浮かぶ微かな感情を私は読み取る事が出来た。

気遣ってくれているのだと受け取り、不覚にも嬉しくなって笑みを浮かべる。

「じゃあ、ありがとう」

「・・・・・・?」

私の言った礼の意味が解らず、首を傾げる流川くん。

そんな彼に、私は言葉を付け足した。

「ありがとう。生きててくれて」

「どんな礼だよ!」

すると背後からそんな突っ込みが入った。

振り返ると、そこには同じように順番を待つリョータくんの姿が。

やっぱり治療の順番を間違えているのかもしれないと、今更ながらに思う。

「だって、これだけ流血してるのに・・・」

「だからって、その礼もどうだよ!?」

「流川くんが生きててくれたお陰で、身内から犯罪者を出さずに済んだんだから」

そう言ってから思い直す。

お兄ちゃんはもう、ある意味犯罪者だ。

それほど大きな事件を起してないとはいえ、喧嘩に恐喝・万引きは日常茶飯事なんだから。

「とりあえず、ありがとう」

「・・・・・・どうも」

もう一度礼を繰り返すと、戸惑ったように返事が返ってくる。

無神経そうで冷たい感じな流川くんは、意外にもお人よしだと思った。

 

 

時間はかかったけれど、すべての部員たちの治療を終えて。

私とお兄ちゃんは帰路につく。

先を歩く私の後ろから、無言でひたすらついてくるお兄ちゃん。

そんなお兄ちゃんの顔には、無数の傷とガーゼが貼り付けられてある。

いかにも『俺、今日喧嘩しました』風に。

家に帰ってお兄ちゃんのこの姿を見たら、お母さんはなんて言うだろう?

「また喧嘩!?」

そう言って、呆れるだろうか?

それとも、今回は入院せずに済んだと喜ぶだろうか?

我が母ながら、行動の予測がつかない。

「・・・なぁ」

そんな事を考えていた私に、躊躇いがちに声がかけられた。

それを軽く無視して、私はひたすら歩き続ける。

「おい、

無視。

「・・・聞こえてねぇのか?」

そんなわけないじゃないか。

この距離で聞こえてなかったら、私は速攻耳鼻科行きだ。

漸く私が無視していることに気付いたらしいお兄ちゃんは(遅い)、大げさにため息を吐き出した。

「悪かったって!」

「・・・・・・」

「反省してる!」

「・・・・・・」

「この通りだ、許してくれよ」

この通りだと言われても、前を見ている私にはお兄ちゃんが何をしているのかは見えない。

だからといって、振り返ってやる気もないけれど。

続くお兄ちゃんの言葉に、私はひたすら無言を貫き通す。

「・・・って、おい!」

しばらく経って、いい加減に焦れたお兄ちゃんが強引に私の肩を掴んで振り向かせた。

お兄ちゃんには、根本的に我慢が足りない気がする。

すぐに苛立ったりするから、喧嘩上等!みたいな人たちに絡まれるんだよ。

「・・・痛い」

「すまんっ!!」

不機嫌そうに言えば、慌てて肩から手を離される。

諦めて身体ごとお兄ちゃんに向き直り見上げると、申し訳ないと言わんばかりの表情を浮かべていた。

私に謝られても仕方ないんだけどね。

謝るべき人間は、バスケ部の人たちなんだから。

さっきお兄ちゃんがしたように、大げさにため息を吐き出して。

仕方ないから、私から折れてあげようなんて傲慢な事を思う。

「もう、こんな事しないんだね?」

「ああ、しない」

「心を入れ替えて頑張る?」

「ああ、頑張る」

「その言葉に二言はないね?」

「ああ、二言はない」

私の言葉をいちいち繰り返す。―――なんだか小さな子供を相手にしてる気分だ。

「なら、もう良い」

クルリと踵を返して、私は再び歩き出した。

もう良いと言っておきながら、さっきと行動が変わっていない気もするけれど。

でも話し掛けられたら返事はするつもりだから、その辺は大目に見てもらいたい。

再び後ろをついてくる気配がして。

しばらく無言で歩き続け、私は唐突に足を止めた。

少しの距離を置いて立ち止まったお兄ちゃんを振り返り、何事かと戸惑った表情を浮かべるお兄ちゃんをしっかりと見据えて。

「バスケ、するんだよね?」

確認の意味で、聞いてみた。

するとお兄ちゃんはさっきまでの弱々しい表情を消して、決意に満ちた顔で私を見返す。

「ああ」

たった一言返された言葉。

けれど、それは長い間、私が一番望んでいた言葉でもあって。

「お前には心配掛けたけど・・・」

「・・・・・・」

「俺は真剣だ。真剣に・・・バスケをやりたいと思ってる」

「・・・・・・うん」

「赤木も、何とか了承してくれたし・・・」

「感謝しないとね」

「ああ。そうだな・・・」

顔を見合わせて、にっこりと笑う。

今漸く、私の心からの願いは叶った。

 

 

「お前を全国に連れてってやるよ」

「ずいぶん大きく出たものだね」

お兄ちゃんの言葉はとても嬉しかったけれど、それを素直に喜ぶのもなんだか悔しくて。

だから、皮肉交じりに呟いた。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

乱闘事件の直後。

兄妹の掛け合いを書きたかったのだけど、兄妹っていうか・・・。

三井がヘタレです。

お兄ちゃんは、妹の尻に敷かれてます(笑)

そして何気に、流川が出張ってたり?

作成日 2004.7.9

更新日 2007.9.20

 

戻る