心に響くは、澄んだ声。

紡がれる言葉は、酷く愛しくて。

水面に波紋が広がるように、静かに。

時に燃え盛る炎のように、激しく。

ただひたすら、君を想う。

きっとそれは、最初で最後の・・・。

 

泡沫の

 

見事なほど丸い月が空に浮かぶ夜だった。

比較的大規模な森の中に、青年はいた。

赤みを帯びた茶色い髪に、整った顔立ち。―――剣士風のその青年の立ち振る舞いは気品さえ漂わせるほど。

森と小さな村が点在するだけのほぼ未開拓なこの地域には似つかわしくない雰囲気を持つこの青年の名を、クラトス=アウリオンという。

では何故そんな彼が森の中にいるのかといえば、要はこの森に用があるという単純明快なものだった。

クラトスは歩みを進めていた足を止め、ゆっくりと探るように辺りを見回す。

彼がこの森に足を踏み入れたのは、昼と夕方の境目頃のこと。

森の傍にある極小さな村の住人に、この森は広いから入るなら明日にした方が良いという忠告を受けたのにも関わらず、強行に足を踏み入れた結果は『迷う』というなんとも情けないものだった。

大丈夫だと高を括っていたという理由も勿論あったのだが、今現在迷っているクラトスはしかしあのまま村に留まっていれば良かったなどと後悔を抱いてはいない。

未開拓な地域の小さな村独特の閉鎖的な空気と、余所者を好ましく思っていない村人たちの視線を受け、例え一泊とはいえ留まるのは気が乗らなかった。

それならばまだ、人気のない森の中で野宿をした方がマシだ。―――人と接する事を得てとしない彼の思い通り、今まさにその状況に置かれているのだけれど。

クラトスは立ち止まったまま、大きく溜息を吐き出した。

この森に住んでいるはずの人物に用があったのだけれど・・・―――話に聞いていた分では、まさかこれほど大きな森だとは思ってもいなかったのだ。

暫く歩き回っていれば見つけられるだろうかと思っていたのだが、現実はそう甘くは無いらしい。

クラトスは諦めて、背負っていた荷物を地面に下ろした。

すっかり夜も更け、視界はお世辞にも良いとは言えない。

何よりも目的の人物の住まう家を見つけても、こんな時間に尋ねて行っては相手にも失礼だろう。

幸いにもモンスターの気配も薄いことだし、今日は潔くここで野宿をするか。

そう結論付け、ともかく焚き火の為の枯れ木を集めようと暗い森の中に目を凝らす。

ゆっくりと視界を巡らせたクラトスの目に、森から突き出るような切り立った崖が映った。

「・・・・・・あれは」

そしてその切り立った崖の上に立つ、1つの人影。

森に入って初めて見る人影に、クラトスは引かれるように荷物を背負い直し崖の方へと歩き出した。

思ったよりも遠い場所のそこは、森の中から見た光景とは違い、周りは比較的木々が少なく高いと思っていた崖もそれほどの高さは無い。―――近づけば近づくほどよくその人物が見え、その人物が少女なのだと解ったのは極近くに来た頃だった。

その少女が一番よく見える位置まで来ると、クラトスは無言で立ち止まる。

道でも聞こうかと思いここまで来たのだが、声を掛けれず立ち尽くす。

少女はクラトスの存在に気付く様子もなく、ただ無言で空を仰いでいた。

目を閉じ、まるで眠るように静かに・・・。

淡い月の光を全身に浴びる少女の姿は、幻想的ですらあった。

まるで今にも消えてしまいそうなほど、儚い姿。

声もなく、クラトスは無言で少女を見詰める。―――届く筈も無いというのに、彼は無意識にか手を伸ばしていた。

その手は勿論少女を掴む事無く空を切り、そうして力無く重力に従い落ちた手はすぐ傍の茂みを掠り、静かな空間にガサリと大きな音を立てる。

ハッと我に返った時にはもう遅かった。

反射的に自分の手を見詰めたクラトスは、すぐに崖の上へと視線を戻す。

そこにいた夜空を仰いでいた少女は、閉じていた目をしっかりと開き、驚きの表情でクラトスを見下ろしていた。

緩やかだった空気は、瞬時に張り詰めたそれへと変わる。

「・・・旅人、か?」

少女の涼やかなよく通る声が、クラトスに問い掛けた。

しかしクラトスは声を発することさえ出来ず、無言で少女を見上げる。

「旅人がこの森に何の用だ!?」

答えないクラトスに、少女は苛立ったように声を荒げた。

「・・・私、は・・・・・・」

漸くそれだけを口にするが、それ以上言葉は続かない。

そんなクラトスに焦れたように、少女は鋭い視線でクラトスを睨みつける。

向けられるのは敵意。

人を射殺せそうなほど鋭い眼差しを向ける少女は、しかし今まで見た何よりも美しくクラトスの目には映った。

月の光を浴びて、神々しすらある。

「警告する!この森から出て行け!そして二度と足を踏み入れるな!!」

「・・・・・・」

「警告を破ったその時は・・・」

少女はそこで言葉を切り、そうして何事かを呟く。

自分に向けられていた声とは違い、何を言っているのかは聞き取れなかった。

少女が口を閉じ、再びクラトスを睨み付ける。

その姿は、先ほど見た儚さなど感じさせないほどの存在感があった。

少女が何事かを呟く。―――それと同時に身体を吹き飛ばすほどの強風が襲い掛かり、クラトスは咄嗟に傍の木に手を付き目を閉じた。

風が収まった頃、閉じていた目をゆっくりと開ける。

崖の上に、少女の姿はなかった。

 

 

翌朝、日が昇るのと同時にクラトスは再び森の中を歩き始めた。

昨夜会った少女の『警告』という言葉が気にならなかったわけではないが、彼にもこのまま帰るわけにはいかない理由がある。

打って変わって明るい森の中を歩き続けること暫し、昨日はどれほど彷徨っても見つけることの出来なかった目的の人物が住まう家は、難なく見つけることが出来た。

こじんまりとした家が3軒。―――開けた場所にポツリと建っている。

クラトスはその中でも一番大きい(とは言ってもそれほど大差は無いけれど)家に向かった。

唯一煙突から煙が昇っている。―――ここの住人ならば、起きているだろうと思えた。

扉の前に立ち控えめにノックをすると、応えるように家の中から女性の声が聞こえる。

すぐ扉は開かれ、目の前には緑の髪をした綺麗な少女が立っていた。

「朝早くに済まない。私はクラトス=アウリオンという者だが・・・」

「ああ!貴方が!!」

クラトスの言葉を遮って、少女がパチンと手を打ち嬉しそうに微笑んだ。

花も綻ぶようなその笑顔に、クラトスの警戒心も少し薄らぐ。

「私はミトスの姉のマーテルと申します。お待ちしていました、クラトス様」

ニコニコと微笑み握手を求めるマーテルに、クラトスもその手を握り返す。

「私の事はクラトスと呼び捨ててくれて構わない。あと敬語も出来ればやめて欲しい。堅苦しいのは苦手なのでな」

「あら、私もです」

あっさりと答え、クスクスと笑う。

屈託の無い笑顔と親しみやすい雰囲気に、クラトスは好感を抱いた。

「ええと・・・じゃあ、クラトス?」

「なんだ?」

窺うように名前を呼ぶマーテルに、クラトスは素っ気無く返す。―――上手く人と接することの出来ない自分に嫌気が差したが、どうやらマーテルはそんなクラトスに気を害した様子もなく穏やかな笑みを浮かべたまま続けた。

「今すぐミトスに紹介したいのだけれど、あの子は今・・・」

「姉さん!!」

マーテルの言葉を遮って、その場に声が響いた。

背後からの声に振り返ると、つい先ほどクラトスが出て来た森の中から金髪の少年がこちらに向かって駆けて来る。

その少年を認めたマーテルは、より一層笑みを深くした。

「ああ、ミトス。丁度良い時に・・・」

「・・・姉さん、その人誰?」

クラトスの横を通り過ぎマーテルの元へと駆け寄ったミトスは、警戒心を露わにクラトスを見上げた。―――その目にマーテルに危害を加えるならば許さないと言いたげな感情を見つけて、クラトスは思わず微かに苦笑する。

「ミトス。この人はクラトス。貴方の剣の師匠になってくれると言ってくれた人よ」

「この人が?」

驚きに目を見開き、探るようにクラトスを凝視する。

それに答えるように1つ頷いてやれば、あっという間にミトスの身体から警戒心が消えた。

「クラトスだ」

「ミトスです。これからよろしくお願いします」

姉と同様に人懐こい笑顔を浮かべて、クラトスの差し出した手を握り返す。

そうして手を離した後、ミトスは思い出したかのように突然声を上げた。

「あ、そうだ!姉さん、見つからなかったんだ・・・」

「そう。もう・・・あの子ったら、気が付けばいないんだもの」

ミトスからの報告に困ったように微笑んだマーテルに、クラトスは不思議そうな表情を浮かべる。

「・・・?」

「ええ。ここには私たち姉弟と、という少女とユアンという青年の4人で暮らしているの」

マーテルの『少女』という言葉に、昨夜の少女を思い出す。

あの娘の事だろうか・・・と思案するが、何故かそれを口に出すのは躊躇われた。

別に隠す必要などないというのに・・・。

もしかしたら、あれが現実に起こった出来事なのだと信じられなかったからなのかもしれない。―――まるで夜の闇に溶けるように消えてしまった、あの少女の事を。

「仕方無いわね。ミトスはユアンを起してきてくれる?まだ眠っていると思うから」

溜息混じりに呟かれた言葉に、クラトスは瞬時に現実に引き戻された。

ミトスはマーテルの言葉に元気良く返事を返して、未だ静けさに包まれた一軒の家へと駆けていく。

それを見送っていたマーテルは、同じく見送っていたクラトスに向き直りにっこりと笑った。

「私はこれからを迎えに行くのだけど、クラトスも一緒にどうかしら?」

「迎えに?何処にいるのか解らないのではないのか?」

先ほどのミトスの言葉では、見つけられなかったと言っている。

しかしマーテルは少しも慌てた素振り無く、クラトスの背中を軽く押して歩き出した。

「あの子のいるところなら、大体の予想は付いているの。長い付き合いだから」

「・・・そうか」

背中を押されるまま、クラトスは再び森に向けて歩き出す。

まだ行くと言った訳ではないのだけれど・・・―――そうは思っても、楽しそうなマーテルを見れば口に出すのは憚られた。

森の中に入り、マーテルと2人並びながら歩く。

鳥の鳴き声と木々のざわめく音。

降り注ぐように照らす白い光に、クラトスは心が和むのを自覚した。

何処に向かっているのかは解らなかったけれど、マーテルの足が淀みなく動くのを見て、彼女がの居場所に心当たりがあるというのは本当なのだろうと思う。

暫く無言で歩き続けていたが、唐突にマーテルが口を開いた。―――少しだけぼんやりとしていたクラトスは、咄嗟に我に返り返事を返す。

「ねえ、クラトス」

「・・・なんだ?」

「これから会う、のことについてなのだけれど・・・」

そこで言葉を切って、先ほどまで浮かべていた笑顔を消し、真剣な眼差しでクラトスを見詰める。

は、本当に優しい良い子なの。だから・・・どうか誤解しないで?」

紡がれた言葉の意味が解らず、微かに首を傾げる。

一体何のことだと聞こうとしたその時、マーテルはピタリと足を止めた。

「・・・・・・?」

そのままこの辺りでは一番大きな木を見上げて、大きく息を吸い込んだ。

!そこにいるんでしょう!?降りてきて!!」

突然の大声に、クラトスは目を丸くしてマーテルを見詰める。

そしてその視線に促されるように、木を見上げた。

たくさんの葉に覆い隠されたそこには何も見つけることが出来なかったけれど、すぐに風で起されたのとは違う葉擦れの音が耳に届く。

直後、何か黒いものが姿を現し、それは瞬きする間にクラトスとマーテルのすぐ傍に落ちてきた。

「そんな大声出さなくても聞こえてるわよ、マーテル」

呆れたような声色で、降って来たそれはゆっくりと立ち上がった。

「ごめんね。だって、眠っていたらと思ったから・・・」

「もう・・・」

少しも悪びれた様子のないマーテルに、その少女は諦めたように溜息を零す。

それと同時に自分たち以外の気配を読み取ったのか、少女がクラトスの方へと振り返った。

「・・・・・・!!」

「・・・お前は」

腰まで伸びた漆黒の髪と、闇に溶け込むような黒い服。

そして強い光を宿す瞳は、忘れる事など叶わない。

クラトスの前で驚きに目を見開くその少女は、昨夜会った少女その人だった。

「あら?もしかして・・・知り合い?」

ただ事ではない様子の2人を見て、マーテルは不思議そうにに問い掛ける。

しかしはすぐに表情を鋭いそれに変え、クラトスに背を向けた。

「人間に知り合いなんている筈が無いでしょう」

吐き捨てるようなセリフを残して、はさっさと家に向かい歩き出す。

その後ろ姿を見送って、マーテルは困ったように溜息を零した。

「ごめんね、クラトス。愛想の無い子で・・・」

「・・・・・・いや」

マーテルの声も、最早クラトスには届いていなかった。

もう二度と会えることなど無いだろうと思っていた少女と、こうして再び出逢ったのだ。

湧いてくる感情が、嬉しいのかどうかさえも解らない。

ただ脳裏に焼き付いている月の光を浴びるの姿と、手を伸ばせば触れられる場所にいたの姿が頭の中を駆け巡る。

は、その・・・人間が・・・あまり好きではなくて・・・。私たちはハーフエルフだから・・・色々とあって。でも、は本当に優しい娘なの。ただ人と接することに慣れていないだけで・・・。だから・・・」

必死に言葉を紡ぐマーテルに、クラトスは先ほど言われた言葉を思い出した。

彼女はきっと、この事を言っていたのだろう。

何も知らないクラトスが、に嫌悪を抱かないようにと。

「ああ、解っている」

簡単な言葉を返せば、マーテルは安心したように微笑んだ。

それに微かに微笑み返したクラトスは、マーテルと並んでの後を追うように来た道を戻る。

その道すがら、クラトスは自分に向けられたの強い眼差しを思い出す。

幻想的で儚げな雰囲気を持つ少女は、そこにはいなかった。

 

そこにいたのは、現実の、1人の少女だった。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

古代大戦前の、クラトスとヒロインの出会い。

かなり出番が多いと思われるマーテルですが、捏造もいい所です(笑)

本編とは違いまだまだ若い頃(?)の話なので、ヒロインかなりスレてます。

もう人間に対して警戒心ありまくりです。

そしてクラトスも鈍い上に奥手っぽいので、進展が亀並みに遅いと予想されます。

一応、全6話予定。

テイルズ オブ ファンダム Vol.2でのシンフォニア未クリアな為、現実と違う部分ばかりだと思います。(なにせこの時点でハーフエルフ組みんな一緒に暮らしてるし)

ですがその辺は大きな目で見て、さらりと流してやってください。

作成日 2004.11.22

更新日 2008.8.27

 

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