剣術の指導をして欲しいというミトスの願いを聞き入れ、未だ人の手が加えられていない森にやって来たクラトス。

ユアンの家に世話になりながら、鍛錬を怠らないミトスに剣術指南を付ける日々。

ミトスの姉であるマーテルともそれなりに打ち解け、充実した毎日を送っていた。

そんな日々に、クラトスが漸く慣れ始めた頃の出来事。

 

それがというのならば

 

家から少し離れた場所に見つけた開けた場所で、クラトスはいつも通りミトスに剣術の稽古をつけていた。

「あら、頑張ってるわね」

唐突に掛けられた声に、クラトスは構えていた剣を下ろして振り返る。

稽古するミトスの様子をマーテルが見に来るのも、何時ものことだった。

しかし今日は、何時もと少しだけ違っていた。

なぜならば、マーテルの後ろにの姿があったからだ。

!!」

最愛の姉の後ろにの姿を見つけたミトスが、嬉しそうな声を上げた。

その声に引かれるように、そっぽを向いていたがミトスに視線を向ける。

しかしその視線がクラトスと交わると、それは勢い良く外された。

、僕の稽古見に来てくれたの!?」

「・・・別に」

「・・・・・・違うの?」

満面の笑みを浮かべて駆け寄るミトスを見下ろして、は気まずそうに言葉を濁す。

しかし違うのかと残念そうな表情を浮かべたミトスに気付き、慌てて肯定するように何度も頷いた。

それに再び嬉しそうに微笑んだミトスを見て、は少しだけ心が痛む。

ただ見に来るだけでこれほど喜んでくれるならば、毎日でも見に来てあげたい。

けれど・・・―――は再びチラリとクラトスを伺い、彼がまだ自分を見ていることに気付いて慌ててそっぽを向いた。

マーテルやミトスが、クラトスに心を許しているのは知っている。

2人に比べて人間に対し警戒心が強いユアンですら、クラトスを認めていることも。

しかしはどうしても、クラトスを好きにはなれなかった。

それは積もり積もった人間への不信感と、憎しみ。

クラトスが悪いわけではないのだとは解っていても、その存在を簡単に受け入れられるほど穏やかな生活を送ってきたわけではない。

マーテルに頼み込まれ、少しだけならとこの場に顔を見せたはすぐに帰ろうと思っていたのだけれど、嬉しそうなミトスを前にそれも叶わず、結果その場に留まり稽古を見ていく羽目になってしまった。

少しだけ離れた場所にマーテルと座り、再開された稽古をぼんやりと眺める。

向けられるクラトスの視線に居心地の悪さを感じながらも、必死に彼を視界に入れないようミトスだけを見続けた。

そんなを見て、クラトスは苦々しい思いを抱く。

ここに来て、それなりの時間が経っていた。

マーテルとユアンとは、人付き合いが苦手なクラトスも良くやっているし、弟子であるミトスの剣術の才能も申し分ない。

ただ心に引っかかるのは、の存在だけだった。

目が合えばすぐに逸らされる。

接触は徹底的に避けられているし、ここに来てまともに会話したのは初めて逢った月の夜だけだ。―――あれだって、会話と言えないような代物だ。

何とか少しだけでも打ち解けたいと、何時しかそう思うようになっていた。

人と接する事が苦手で、出来る限り人との接触を拒んできた彼にしては珍しいどころか初めての感情だ。

それでもがそれを望んでいない事は態度から見ても明白で、だからこの環境に慣れるまでは出来うる限り近づかないでおこうとクラトスは思っていた。

しかしそう思えば思うほど、目がの姿を追っていることに気付く。

姿が見えなければ、自然と視線はの姿を探し辺りを探っている。

それに気付いた時、いつも戸惑うのだ。

自分でも理由が解らない行動に、感情の意味に、クラトスは答えを出せずにいた。

 

 

変化を望みつつも、それを実行に移すことなどできず。

ただ毎日を送っていたクラトスに転機が訪れたのは、と初めて出逢った時と同じく空に丸い月が浮かぶ夜のことだった。

渦巻く様々な感情や思考に眠る事が出来ず、気分転換にと散歩に出かけたクラトスの足は、自然とあの崖の方へと向かう。

そこに行けば、このもやもやとした気持ちが消えると思ったのかもしれない。

けれど決して消えないだろうという事も、クラトスには解っていた。

淀みなく動いていたクラトスの足が、崖に差し掛かった場所でピタリと止まる。

目的の場所には、既に先客がいた。

「・・・・・・

思わずその名を呟いた。

は以前と同じように崖の上に立ち、静かに目を閉じ無言で空を仰いでいた。

あの時のように、淡い月の光が優しく降り注ぐ。

よほどこの場所が好きなのだと思った瞬間、クラトスは足を踏み出していた。

その足音に気付いたのか、はたまた気配を感じ取ったのか。―――はゆっくりと振り返ると、クラトスの姿を認めて顔を強張らせる。

期待はしていなかったが、予想通りのその態度に苦笑が浮かんだ。

「こんな時間に、何をしている?」

「・・・・・・」

問い掛けた言葉に、勿論返事はない。

ただ表情を強張らせたまま、警戒するようにクラトスと距離を取る。

「こんな夜更けに出歩くのは、あまり関心せんがな」

「貴方にそんなこと、言われる筋合いは無いわ」

言葉を続けたクラトスに、冷たい声色で言葉が返って来た。

その内容は友好的とは言えないけれど、反応を返してくれたことが嬉しくてクラトスは少しだけ表情を緩める。

その微かな変化を見取ったは、不審げに眉を寄せた。

「何を笑ってるの?」

「笑ってなどいない」

「嘘。だって今・・・」

反論しかけて、は口を噤む。―――ここで言い争いをする気は、彼女には無かった。

最後にギロリとクラトスを睨みつけて、は足早にクラトスの傍を通り抜けると、そのまま森の中へと足を進める。

「夜の森は危険だ。送っていこう」

「結構よ。私をそこらにいる人間の女と一緒にしないで」

キッパリと言い捨て、は振り返らずに森の中に消えて行った。

その後ろ姿を見送って、クラトスは小さく咽を鳴らして笑う。

の先ほどの言葉の意味も、出逢った時に襲った強風の理由も、彼には解っていた。

エルフとハーフエルフにのみ扱える魔術。

マーテルの話だと、は魔術の使い手らしい。

攻撃系から回復系、更には補助系までを幅広く使いこなすという。―――攻撃系が一番得意だという話だし、だからこそ夜の森を1人で出歩く事も出来るのだろう。

もう既に見えなくなったの姿をそれでも目で追って、クラトスは踵を返すと先ほどが立っていた場所に立ち空を仰ぎ見る。

視界一面に広がる、煌く星々。

しかし目を閉じていたところから見ても、が星空を見ていたのではないことは解る。

「お前は・・・一体何を見ていたのだろうな」

ポツリと呟いて、クラトスはと同じように静かに目を閉じた。

 

 

「なんなのよ、あいつ!!」

吐き捨てるように言葉を紡いで、苛立ち紛れに足を踏みしめながら森の中を歩く。

普段から静かな森の中は、夜になるにつれて更に静けさを増す。

そんな夜の森の中に、乱暴に草木を掻き分け進む音が大きく響いた。

半ば駆け足状態で進む内に、当然だが息も切れてくる。

「もう!!」

最後に叫ぶように意味の無い言葉を発して、は傍にあった木を拳で強く殴りつけると、漸くその足を止めた。

大きく何度も肩で息をしながら、自分の感情を落ち着けようと深呼吸をする。

どうしてこんなにも苛立っているのか、それさえもには解らなかった。

確かにクラトスに対して良い感情は抱いていない。

自分のお気に入りの場所に彼が現れた事も、あんな風に言葉を交わした事も不本意といえば不本意だ。

けれどそれだけでこんな・・・腸が煮え繰り返るような怒りを感じる理由が思い当たらない。

木に打ち付けた拳を下ろして、ヒリヒリと痛む手を包み込む。

ふとクラトスの姿が脳裏に浮かんで、唐突に苛立ちの原因が解った気がした。

いつも、探るように向けられている視線。

先ほど会った時、その目に宿っていた窺うような色。

自分が一段上に立っているような、そんな態度。

見下されているわけではない事は解っていたけれど、それでもがどんなに冷たい態度を見せても、仕方ないなとまるで子供を相手にするかのような態度がむしょうに苛付いた。

「人間なんて・・・」

搾り出すように呟き、悔し紛れに茂みの葉を毟り取る。

ガサリと大きな音がたち、その音で少しだけ冷静を取り戻した。

はぁ、と大きく息を吐き出して、無意識に空を仰ぐ。

たくさんの葉に覆い隠されて、生憎と空は見えなかった。

もう一度溜息を零して、こんな所に何時までもいても仕方ないと思い直し、今日は大人しく家に帰ろうかと踵を返したその時、不意にガサリと葉の鳴る音がしては咄嗟に踏み出しかけた足を止めた。

身体を強張らせて動きを止めたの周りから、ガサガサと葉の擦れる音が聞こえる。

それは段々と近づいてくるようで、少しづつ音は大きくなっていった。

ゴクリと唾を飲み込んだ音が、やけに耳に大きく響く。

マズイ・・・と心の中で呟いた。

茂みの合い間からチラリと見えたその姿に、冷や汗が流れて来る。

今が、夜なのだということをすっかりと忘れていた。

苛立ち紛れに、足音を殺すどころか大きな音を立てながら歩いていた。―――まるで自分がここにいるのだと宣伝して歩いているようなものだ。

その音に引かれて、モンスターが集まってきても可笑しくは無い。

そしてその予想は、最悪の形で現実となっていた。

早鐘を打つ鼓動を何とか押さえ込み、気を落ち着かせて辺りの様子を窺う。

「・・・・・・最悪」

モンスターの気配は、そこかしこからした。

正確な数は計れない。―――つまり計れないほどの数に囲まれているという事だろう。

はゆっくりと腰の短剣に手を伸ばし、それを胸の前で構える。

主に木の枝や木の実を捌く時に使う物で、戦闘用ではない。

剣術など、には備わってはいなかった。―――だからこそ、ミトスの剣術指南にクラトスが呼ばれたのだけれど。

嫌な事を思い出し、口の中で小さく舌打ちをする。

今は余計な事を考えている暇はないのだ。

今は、どうやってこの場を切り抜けるかが重要なのだから。

段々と強くなる殺気に身構え、口の中で小さく呪文を唱え出す。

「悠久の時を廻る優しき風よ 我が前に集いて裂刃と成せ」

ガサガサと鳴っていた葉擦れの音が、ピタリと止んだ。

一瞬の静寂の後、一際大きく葉の揺れる音が聞こえたと同時に一匹の狼のようなモンスターが茂みから飛び出して来た。

それが合図だとでも言うように、次々に同系のモンスターが一斉にに向かい襲い掛かる。

は短く息を吸い、唱えていた呪文を解き放った。

「サイクロン!!」

力ある声と共に、森を揺るがすほどの巨大な竜巻が唸り声を上げた。

 

 

「・・・っく!!」

飛び掛ってきたモンスターの攻撃を、構えた短剣で辛うじて防ぎ、そのまま押されるように後退した。

最初に放った魔術で半数のモンスターは消し去ることが出来たけれど、生憎と様子を見ていただろう残りの半数は無傷のまま。

数で圧倒的に勝るモンスターの群れを相手に、はただ短剣で防御するしか手段は無かった。

サイクロンのような上級魔術を唱えていられる余裕は無い。

辛うじて詠唱時間の短い下級魔術ならば何とかなるのだけれど、それで全てを消し去れるほど相手の数は少ないわけではなかった。

じりじりと追い詰められ、のこめかみに冷たい汗が流れる。

早く何とかしなければならない。―――時間が経てば経つほど、不利になるのはの方だ。

しかしそれが解っていても、そう簡単にどうにか出来るほど生易しい相手でもない。

唸り声を上げて飛び掛ってきたモンスターの牙を短剣で受け止める。―――があまりの力の強さに・・・そして長時間攻撃を防御し続けていた為に腕の力が弱まっていたのか、唯一の武器であった短剣が弾き飛ばされ茂みの中に姿を消した。

驚愕に目を見開き、それはすぐに絶望へと姿を変える。

次に飛び掛ってきたモンスターの攻撃を避ける事が出来ず、身体を強張らせた瞬間、右足に激痛が走った。

「・・・・・・っ!!」

声無き悲鳴を上げて、素手でモンスターを殴り飛ばす。

呆気なくモンスターは距離を取ったけれど、は逃げる事も出来ずにその場にへたり込んだ。

ドクドクと右足からは血が流れ落ちる。―――それを見て小さく舌打ちしたは、体勢を立て直す為に再び立ち上がろうと・・・したのだけれど、クラリと眩暈を感じて再びその場に座り込んだ。

グラグラと視界が揺れる。

再び右足の傷を確認すると、噛まれた周りが薄紫色に変色しているのが確認できた。

「・・・ついてない」

どうやらこのモンスターは、毒を持っていたらしい。

既に立ち上がることも出来ず、攻撃を防ぐ為の短剣も無く、その上呪文を唱える暇もない。

の抵抗が止んだ事に気付いたのか、先ほどの勢いとは違いゆっくりと囲むようにモンスターが近づいてくる。

それを目に映しながら、は大きく息を吐き出し体の力を抜いた。

「ここまで、か」

どうにもならない事を悟り、死を覚悟したは自嘲の笑みを浮かべる。

思えば、なんてついてない人生だったのだろうか。

生まれる事すら望まれなかった自分が、今こうして1人淋しく死を迎えようとしている。

それは自分にとてもお似合いのようで・・・だからこそ酷く悔しくもあった。

けれど、きっとマーテルたちは悲しんでくれるのだろう。

それだけが、にとってはただ1つの救いだった。

モンスターが唸り声を上げて、地を蹴り飛びかかる。

まるでスローモーションのようなそれを見詰め、は来るだろう痛みに備えて静かに目を閉じた。

「・・・ぎゃん!」

それと同時にモンスターの悲鳴のような声が上がる。―――予想していた痛みが無い事に気付き目を開けると、目の前に黒いマントがあった。

「ずいぶんと諦めが早いのだな」

次いで頭上から降ってくる低い声。

一瞬何が起こったのか解らずただ目を見開いていたの視界に、木々の葉の隙間から降り注ぐ微かな月光に煌いた刃を振るう青年の姿が映った。

呆然とその光景を見詰めるをよそに、その青年・・・―――クラトスは、あれほどいたモンスターをあっさりと倒していく。

クラトスが全てのモンスターを倒し終えるのに、それほどの時間は掛からなかった。

再び静けさを取り戻した森の中に、自分の呼吸音と心臓の音だけが耳に響く。

「・・・大丈夫か?」

声を掛けられ、の肩がビクリと震えた。

「・・・・・・なんで」

「突如巨大な竜巻が起こったのでな。何事かと思って見に来たのだ」

何故ここにいるのかという問いに対し、クラトスはサラリと答える。

俯いていた顔を恐る恐る上げると、何時もの無表情ではなく心配げな表情がを見下ろしていた。

「大丈夫よ」

それが何となく居心地悪くて、は顔を背けるように視線を逸らすと、素っ気無い声色で返事を返す。

本当ならば礼を言わなければならないのだけれど・・・―――意地とプライドが邪魔をして、素直に礼を告げることが出来ない。

今までクラトスに対して向けていた態度も、それを邪魔していた。

しかしそれでも心配げな表情を浮かべているクラトスを横目に見て、は本当に大丈夫なのだということを証明するように足に力を入れて立ち上がろうとするが、揺れた視界と力の入らない足にグラリと身体が揺れる。

「・・・っ!?」

「危ない!!」

倒れそうに傾いた体を自身が支える前に、クラトスが両手を伸ばして抱えるようにの身体を支えた。

その瞬間、ゾクリと体中が震える。

「触らないで!!」

反射的に叫ぶように声を上げ、はクラトスの腕を乱暴に跳ね除けた。

パシンと乾いた音と共に、再びの身体が揺れ地面に座り込む。

我に返って顔を上げたの目に、傷付いたようなクラトスの顔が映った。

「あ・・・私・・・・・・」

自分のした事を漸く理解して、は言葉にならない声を紡いだ。

何かを言おうと口を開くけれど、それは言葉にならず再び口が閉じられる。

重い沈黙が漂う中、は強く唇を噛み締めて、木を支えにゆっくりと立ち上がった。

「・・・本当に、大丈夫だから」

小さく呟くように何とかそれだけを返して、は痛む足を引きずるようにゆっくりと歩き出す。

未だ視界は揺れていたけれど・・・右足の傷は熱を生むほど熱くなっていたけれど、は気力だけで足を進める。

呆然と自分を見送ったクラトスが気になったけれど、再び彼の顔を見るのが何故か怖くては振り返ることが出来なかった。

グルグルと、胃の辺りが気持ち悪い。

それはきっと、モンスターの毒のせいだけではないと思った。

 

 

「どうしたの、クラトス?」

ミトスの剣術の稽古を終え、何をするでもなくぼんやりとしていたクラトスに、柔らかい声が掛けられた。

俯いていた顔をゆっくりと上げると、マーテルが優しい笑みを浮かべてクラトスを見下ろしている。

「・・・・・・なにも」

一瞬全てを話してしまいたくなったが、思い出すのも苦しいあの出来事を口にするのは躊躇われて、クラトスは力無くそれだけを返した。

それにマーテルは深く追求せず「・・・そう」とだけ呟くと、並ぶようにクラトスの隣に腰を下ろす。

何か用事でもあるのだろうかとチラリと横目で窺うと、マーテルはにっこりと笑顔を浮かべてクラトスを見詰め返した。

「なんだかの様子も可笑しいのだけど・・・。それと貴方の落ち込み様と何か関係があるのかしら?」

あまりにも直球な質問に、クラトスは言葉に詰まり視線をマーテルから逸らす。

その行動こそが肯定しているも同然なのだと、クラトスは気付いていなかった。

「喧嘩でもしたの?」

「・・・喧嘩というのは、親しい者同士がするものだろう?私とでは喧嘩にもならん」

「ま、それもそうか」

苦々しげに吐き出したセリフを、マーテルはあっさりと肯定した。

それに恨めしげな視線を向けるクラトスを見て、クスクスと笑みを零す。

「嘘、冗談よ」

「・・・どうだかな」

「本当だってば」

笑いながらマーテルは否定するが、その言葉には説得力が欠けているとクラトスは思う。

そんな思いに気付いたのか、マーテルは零していた笑みを引っ込めて、真剣な表情を浮かべると堅く閉ざされたままのの家の扉を見詰めた。

はね、別に貴方のことが嫌いな訳じゃないのよ。前にも言ったと思うけど、ただ人間が苦手なだけで・・・。きっとすぐに貴方と打ち解けるわ」

「・・・難しいと思うがな」

「そんなことないわよ。クラトスの目から見ればそう思えてもね。私はのことをよく知ってるもの。あの子はすごく情に弱いから」

再びクスクスと笑い始めたマーテルを、クラトスは複雑そうな面持ちで見返す。

そうして再びの家へと視線を向けて、昨夜の出来事を思い出した。

自分の腕を振り払った時の、の表情。

酷い事をされたのは自分の方だというのに・・・―――なのにあんなにも傷付いた表情を向けられては、文句など言えない。

今にも泣き出しそうな、強い後悔を浮かべた顔。

いつも怒ったような表情しか見せなかったが見せた、違う表情。

その表情に確かに胸は痛むというのに・・・それでも違う顔が見れたことに喜びを感じるのは何故なのだろう。

「・・・私ね」

未だ笑い続けていたマーテルが、唐突に口を開く。

我に返ったクラトスが視線を向けるのを感じ取って、マーテルはにっこりと微笑んだ。

「私ね、クラトスとはお似合いだと思うの」

「・・・・・・は?」

遠回しな言葉に、一体何の事を言われているのか解らずクラトスは間の抜けた声を上げた。

しかし向けられる含むような笑みにその言葉の意味を察して、瞬時に顔が熱くなるのを感じる。

「・・・馬鹿なことを」

「あら?だってクラトスはのことが好きでしょう?」

内心の動揺を押し隠し何とかそれだけを言葉にするが、疑問系ではなく断定された口調にクラトスは二の句が告げずに口を閉じる。

何故そう思うのかと視線だけで問い掛けると、マーテルは逆に不思議そうな表情を浮かべて小さく首を傾げた。

「だって、毎日のこと見てるじゃない」

それがの警戒心を更に強めているのだという事は、敢えて言わなかったが。

マーテルの何の疑いも無い言葉に、クラトスは絶句する。

反論しようと頭を回転させるが、上手い言葉が浮かんでこない。

「・・・私は」

「違った?」

それでも何とか言葉を口にしようと発した声を遮って、マーテルがそう問う。

真剣な表情で自分を見詰め答えを待つマーテルに、クラトスは漸く抱えていた不可解な感情の意味を察して大きく溜息を零した。

「・・・そうなのかもしれないな」

姿が見えないが、どうしようもなく気になるのも。

マーテルたちに見せる笑顔を、自分にも向けて欲しいと思うのも。

拒絶されて、苦しいほどショックを受けるのも。

あの夜見た、の姿が忘れられないのも。

いつの間にか、に対して恋という感情を抱いていたからなのかもしれない。

そう結論付けると、あれほど胸に渦巻いていた戸惑いがすっきりと消えたのを感じた。

クラトスの答えに満足げに微笑むマーテルを横目に、クラトスはがしていたのと同じように空を仰ぎ見る。

この感情が、恋だというのならば。

なんて前途多難な道のりなのだろうと、クラトスは思わず苦笑した。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

とんでもなくベタな展開をひた走るクラトス連載。

そしてマーテルが何故か企み系の道を進んでいたり。(笑)

でもこのクラトスとヒロインの関係を進展させるには、第三者の手を借りるしか方法が無い気もします。

この後もマーテルには存分に活躍してもらう予定。(笑)

作成日 2004.11.23

更新日 2008.9.17

 

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