全ての始まりは、あの夜から。

 

そしては響き始める

 

何でこんな事になったの!?

心の中で叫び声を上げながら、は訳も解らず走り続ける。

ガサガサと音を立てる葉が足に絡みつき酷く走り難かったけれど、そこは慣れたものでスピードが緩む事は無い。

チラリと背後を窺えば、少し離れたところに自分を追いかけてきているクラトスの姿が見えた。―――それに混乱しつつも、心の隅で嬉しく思う自分がいる事には気付いていた。

とクラトスが顔を合わせたのは、つい数分前のこと。

ユアンの助言を受け、改めて自分の情けなさを思い知ったは、ともかくクラトスと話す事を決意し、彼を捜す為に森の中に入った。

そこまでは良かったのだ。

しかし思わぬ誤算というべきか・・・―――森に入った直後、同じくマーテルに背中を押されてを捜すクラトスと偶然遭遇した。

捜していた人物が、都合良く目の前に現れてくれたのだ。

本来ならば喜ぶべきところなのだろうが・・・―――しかしはあまりの突然の出来事に混乱し、何かを告げようと真剣な表情で口を開きかけたクラトスに背を向け、思わずその場から逃げ出してしまった。

自分でも何故そんな行動に出てしまったのか解らない。

ただ解っている事は、一度逃げ出してしまえば早々止まる事など出来ないという事。

一瞬呆気に取られていたクラトスが慌てて追いかけてきた事も災いしたのかもしれない。

追いかけられれば尚の事、素直に止まれる訳も無かった。

、待て!!」

背後からのクラトスの声にますます混乱して、は泣きたい気分を抱きながらも夢中で走り続ける。

一体自分は何がしたいのか。

それさえも解らず、ただただ走るスピードを速めた。

クラトスは木々の合い間に隠れそうなの姿を、必死に追いかけていた。

捜し求めていたとばったり再会できたのも束の間、一瞬の隙を突いて逃げ出したを、クラトスは訳も解らず追いかける。

青々と茂った葉の隙間に見え隠れする長い黒髪をただ目に映し、まるで自分を誘うようなそれにただ惹き付けられた。

まず印象に残ったのが、その長い黒髪だった。

月の光を受けて不思議なほど輝く艶やかな髪に、一瞬にして目を奪われた。

次に目に映ったのは、自分に向けられた強い眼差し。

髪と同じ吸い込まれるような黒い目は、何者にも侵されない強い輝きを秘めていた。

月の光を受けて立つその姿は、幻のように儚く。

けれど他のどんなものよりも強く見えた。―――矛盾した答えだとは思うが、それがクラトスが最初に抱いたに対しての印象だ。

しかし共に時を過ごすにつれて、その印象は少しづつ変わっていった。

物静かだと思えば、時に驚くほど情熱的だったり。

冷静だと思えば、信じられないほど無謀な事を仕出かしたり。

大人っぽいかと思えば、次の瞬間には子供のような素振りを見せる。

負けず嫌いで、何に対しても一生懸命で、そして自分の身を顧みる事無くただ仲間のことだけを案じる。

自分たちを拒絶する世界を憎み、それでもその世界に受け入れられたいと心から願い。

その狭間で、悩み葛藤し自らを否定して。

いつからだろうか?―――こんなにもの事を考えるようになったのは。

些細なことでも知りたいと・・・そして出来る事なら支えてやりたいと、そう願うようになったのは。

自分では、決してを幸せになどしてやれないのかもしれない。

そう思う事もあったが、それでも諦めることなど出来なかった。

一心に走り続け、目の前にちらつく黒に向かい必死に手を伸ばす。

伸ばした手は、しっかりとその腕を捕らえた。

「・・・っ!?」

突然の衝撃に、の体が後ろへと揺らぐ。―――それを目に映しながら、クラトスはもう片方の手での身体を受け止め、その衝撃に同じように地面に転がった。

背中に強い衝撃と、そして腕の中には温かな体温。

荒く繰り返される息遣いだけが、2人の耳に届く。

それがどちらのものだったのかはクラトスにも解らなかったが、それさえも閉じ込めるように腕に力を込めれば、はもう逃げる気配は見せなかった。

「・・・

「・・・・・・」

「・・・そのままで良いから、聞いて欲しい」

クラトスの胸に顔を埋めるようにして抱きしめられた状態のままのに向かい、クラトスは整いつつあった息遣いの合い間にそれだけを言う。

は何の返事も返さなかったが、抵抗する素振りも見せなかったので、クラトスはそれを肯定の意味だと取った。

「まず・・・この間は済まなかった。お前の気持ちも考えず、突然想いを伝え混乱させてしまった」

あの状況では混乱させてしまうだけだと・・・それを解っていながら、想いを押さえる事が出来なかった。

「けれど、私は自分の想いを伝えた事を後悔などしていない。あの言葉に・・・偽りは無い」

まずそれだけは伝えておきたかった。

少しだけの身体を抱く腕の力を強めるが、は身動き1つせず無言でそれを受けている。

それに小さく笑みを零して、クラトスは深呼吸を1つ。

心臓が、その鼓動を少しだけ早めたような気がした。

「改めてもう一度言わせて欲しい。・・・私はお前を愛している」

クラトスの告白に、が微かに肩を震わせる。

それを宥めるように背中を優しく撫でて、言葉を続けた。

「無理に受け入れろなどと言うつもりは無い。それが簡単な事ではない事も、解っている。だがこれだけは覚えておいて欲しい」

「・・・・・・」

「種族など関係なく、私はお前という存在がこの世に在る事を嬉しく思う。他の誰でもない、という存在が必要だ」

キッパリとした口調で言い切って、小さく息をつく。

きっと早鐘を打つ鼓動は伝わっているのだろうと思うと恥ずかしくもあったが、伝えられたという事実に胸の内はすっきりとしていた。

がどう思うかなどはクラトスには想像もつかなかったが、それでも伝えた事に後悔などしていない。

ただ『自分は必要ない』と思う事さえ止めてくれればと、それだけを願った。

クラトスは腰に差してある剣に手を伸ばし、それを鞘ごと引き抜くと地面に突き立てる。

今まで自分と共に幾多の戦いを切り抜けてきた愛剣。―――それを見据えて、かつて騎士だった頃のように言葉を紡いだ。

「この剣に誓おう。私は何があっても、お前を守り抜く。例えこの命が尽きようとも、二度とお前にあんな思いはさせないと」

強い口調で言い切ったその言葉に、今まで身動き1つしなかったがゆっくりと顔を上げた。

感情の見えない顔で、ジッとクラトスを見詰める。

けれどその深い双眸には、今まで見たよりもより一層強い輝きが宿っているように思えた。

全ての想いを伝えるように、真剣な眼差しでの顔を見返す。

つい先ほどまで感情の見えなかった顔に、フワリと綺麗な笑顔が浮かんだのはすぐ後のことだった。

 

 

は身動きもせず、ただ紡がれるクラトスの声を聞いていた。

低く、耳に心地良い声。

自分の身体を包む力強い腕に、信じられないほど安心感を抱く。

誰かの腕に抱かれてこんなに心地良く思ったのは、一体いつ振りなのだろうかとそんな事をぼんやりと思った。

再び『愛している』と告げられて、思わず体が震える。

その震えが何を表すものなのかは解らなかったけれど、それが不快なものではなかった事だけは確かだ。

伝えられる言葉が、じんわりと心の中に染み入る。

まるで砂漠が水が吸い取るように、それはじわじわとの心の中に浸透していった。

は、耳に響くクラトスの鼓動に静かに目を閉じる。

胸の中を、甘い切なさが満たしていった。

胃の辺りが締め付けられるように苦しい。―――まるで体中が心臓になってしまったようで、この鼓動がクラトスに伝わってしまわないか心配した。

思えばいつだって、クラトスが自分を受け入れてくれていたと思い知る。

酷く拒絶した時も、あからさまに避けていた時も、いつも変わらず温かい感情を向けてくれた。

クラトスの誓いの言葉に、はゆっくりと顔を上げる。

見上げて一番最初に目に映ったのは、強い眼差し。

心の中まで見透かしてしまうのではないかと思うほど鋭い・・・けれどその奥に優しさを帯びた瞳。

その目を見つめながら、は心の中で自分自身に問うた。

私は、クラトスのことが好きなのだろうかと。

相手は人間だ。―――所詮ハーフエルフとは、相容れない存在なのだ。

それでも違うと即座に拒否できないのは、何故なのだろう。

『お前は色々と難しく考えすぎだ』

ついさっき聞いたばかりの、ユアンの言葉を思い出す。

ああ、そうなのかもしれない。

私はただ、傷付きたくなかっただけなのだと・・・漸くそれを理解する。

人間だという理由をつけ遠ざけて、向けられる温かな感情に見えないフリをした。

信じて、裏切られるのが怖かった。

そんなもの、種族とは関係が無いのに・・・―――それなのにそれを理由にして、全てのものを拒絶した。

世界が自分を拒絶していたのではなく、自分が世界を拒絶していたのだと。

『大抵の答えは、結構シンプルなものだったりするぞ?』

うん、そうだね・・・ユアン。

は心の中で返事を返して、フワリと笑顔を浮かべた。

色々難しく考えすぎていただけなんだ。

そう・・・答えは本当に、シンプルなもので。

その答えはもう、とっくに出ていたんだ。

「・・・クラトス」

何故か呆気に取られているクラトスを見据えて、は穏やかな笑みを浮かべたまま、表情と同じく穏やかな声で言った。

「まだよく解らないこともあるけど・・・」

「・・・・・・?」

「私も、きっとクラトスの事が好きなんだと思う」

今はまだ曖昧な気持ちを言葉に乗せて。

一拍後に照れくさそうに微笑んだクラトスを見て、も同じように微笑んだ。

 

 

「ねぇ、ユアン」

マーテルはボールの中の卵を泡立てながら、窓の外を眺めつつユアンに声を掛ける。

「・・・なんだ?」

同じく小麦粉の分量を量っていたユアンが、秤から目を逸らさず返事を返した。

「あの2人、どう思う?」

曖昧な言い回しに、ユアンは秤に注いでいた視線をマーテルに向ける。

そのままマーテルの視線を辿り窓の外を見たユアンは、呆れたように笑みを浮かべた。

窓の外には、変わらず剣の鍛錬をするクラトス・ミトス・の3人の姿。

その微笑ましい光景を見詰めていると、不意にマーテルがユアンを振り返った。

「あの2人、想いが通じ合った筈なのに、以前と全く変わらない気がするんだけど」

「何か問題があるのか?」

「問題・・・は、ないケド・・・・・・」

「なら、良いじゃないか」

あっさりとそう言い含められ、マーテルは大きく溜息を吐いて再び窓の外を眺めた。

太陽の暖かな光を受けて、楽しそうに鍛錬をする3人。

一般の恋人同士の定義からは大きく外れているような気がしないでもないが、の顔に浮かんでいる今までは見る事が出来なかった楽しげな笑顔に、マーテルの表情も緩んだ。

「・・・そうね。何も問題ないわよね」

1人ごちて、止まっていた手を再び動かし始める。

「で、今日のおやつは何を作るんだ?」

そんなマーテルを見ていたユアンが、穏やかな笑顔を浮かべつつ尋ねた。

それににっこりと笑みを返して、マーテルは泡だて器をピッと垂直に立てる。

「今日のおやつはね、ケーキを作ろうと思ってるの」

「なるほど。ミトスが喜びそうだな」

「それともね。あの子隠してるつもりらしいけど、甘いモノ好きだから」

ニコニコと幸せそうな笑顔を浮かべて、マーテルは鼻歌交じりで作業を再開した。

部屋の中に、マーテルの綺麗な歌声が響く。

規則正しく鳴る泡だて器の音と、窓の外から聞こえてくる笑い声。

降り注ぐ太陽の光は、まるでこの平和な時を祝福しているようで。

竹刀を握りクラトスと対峙するの腰には、かつてクラトスの腰にあった誓いの剣が太陽の光を受けて輝いていた。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

こんな終わり方で良いのか?

ともかくこれで完結です。

なんか最後の方が無理矢理だったり、展開が急だったり、文章が通じてなかったりいろいろしていますが、その辺はもう仕方ないと笑ってサラリと読み飛ばしてください(笑)

なんか4000年後を想像すると、この連載自体のタイトルがちょっとあれですが・・・。(今更)

作成日 2004.11.29

更新日 2008.12.10

 

 

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