目の前に広がる光景を、はただ見詰めていた。

ああ、そうだったんだ・・・。

脈打つように痛む頭は、思考能力さえも正常に機能してはくれなかったけれど。

頭の片隅の可笑しな程冷静な部分が、ただ事実だけを伝えていた。

怒声が聞こえる。

脳に直接響くようなその声を聞きながら、は自嘲気味に微笑んだ。

 

われたもの

 

早朝、準備を整えた一行は、最後の封印を解くべく救いの塔に向かう為、用意されているであろう竜の待つ街の頂上へと向かう。

そこには既に約束通り4匹の竜が乗り手の到着を待っていた。

「お待ちしておりました。2人ずつお乗りください」

竜の持ち主である中年の男に促され、一同は揃って顔を見合わせる。

「どういう組み合わせで乗るんだい?」

しいなの疑問の声を待っていたかのように、クラトスが一匹の竜に近づき首に巻かれてある手綱を引き寄せた。

「私が神子と乗ろう。護衛が、私の役目だからな」

有無を言わさず強引ではないがコレットを招き寄せて、クラトスは素早く竜の背に乗り誰かが口を開く前に大空へと舞い上がった。

竜が翼を羽ばたかせる突風に身を堅くし、他の者など気にせずさっさと救いの塔を目指して飛び去る一匹の竜を眺めて、我に返ったロイドが慌てて近くの竜に駆け寄る。

「俺たちも行こう!ジーニアスは俺と一緒で良いよな?」

「うん」

指名を受けたジーニアスが、同じく慌ててロイドが手綱を引く竜へと近づく。

残った3人は顔を見合わせて、残った2匹の竜へと視線を向けた。

「しいなは竜に乗れるわよね?」

残った竜の手綱を引きながら、が問い掛ける。―――それにしいなは簡単な返事と共に頷いて、それを確認したはリフィルに視線を向けた。

「リフィルは?」

「私は・・・空を飛ぶ生き物に乗った事はないけれど・・・」

乗って乗れない事はないと続けようとしたリフィルだが、しかしその言葉はによって遮られる。

「なら、リフィルは私かしいなと一緒に乗りましょう。―――どちらにする?」

矢継ぎ早に返答を求められ、リフィルは呆気に取られつつももたもたしている場合ではないとすぐに自分を納得させて、2人の顔を交互に見詰めた後キッパリとした口調で言った。

「それでは、と一緒に。しいなの舵取りでは少し不安だわ」

「それどういう意味だい」

「喧嘩は後にして」

リフィルの言葉に思わず半目で睨みつつもしいなが上げた抗議の声は、の素っ気無い言葉で一蹴される。

その様子に何時もの余裕さがないことを感じ取り、しいなは小さく首を傾げた。

何をそんなに慌てているのだろうか?

確かに早く追いかけなければならないのは事実だが、それにしてもの様子はその範疇を越えているように思える。

「どうしたんだい、?なんかあんた変だよ」

「別にどうもしない・・・」

咄嗟にそう反論して・・・―――けれど我に返ったのか、は小さく苦笑を浮かべた。

「そうね、私可笑しいかも。なんか・・・すごく不安で」

「・・・不安?」

「・・・・・・なにか、嫌な予感がするの」

曖昧な表現に、しいなもリフィルも首を傾げる。

自身も説明がつかない予感めいたものが、胸の中に渦巻いていた。

それを振り払うように軽く頭を振って、少し無理をしている風ではあったが何とか何時もの調子を取り戻し、は竜の背に飛び乗り自分を見上げるリフィルに手を伸ばす。

「足元に気を付けて」

差し出された手を取り、リフィルも竜の背に乗り込む。―――さり気なく向けられた言葉に、思わず苦笑を漏らした。

「なんだか、エスコートが板についているわね」

「・・・それは誉め言葉と受け取っても?」

「ええ、勿論」

「素直には喜べないわね」

困ったような声色に、リフィルは微かに微笑む。―――が、次に掛けられた言葉に思わず顔が引きつった。

「しっかり掴まっててよ。私の舵取りは少し乱暴だから」

「・・・え?」

「まだしいなの方に乗ってた方が良かったかもね。いくら慣れない舵取りでも、彼女の方が安全運転だろうし・・・」

そう思うなら、乱暴な乗り方は控えてちょうだい。

その言葉は何の合図もなく襲った衝撃に、咽の奥へと押し込められた。

 

 

救いの塔の入り口付近に着地して、は竜から飛び降りた。

息も絶え絶えになっているリフィルを下ろして、そのまま竜を空へと放つ。

空にはこちらに向かってくる2つの影が見え、それを確認するとは満足そうに微笑んだ。

「意外と早く着いたわね」

「あれだけ飛ばせば当たり前です!」

少し顔色を悪くしながらも、すごい剣幕でリフィルはに向かい声を荒げた。

「だから、乱暴だって言ったじゃない」

それに憮然と表情を歪めるが、表情の歪め具合ならリフィルだって負けてはいない。

それでも現在の状況が状況だけに、言えば良いという問題ではないでしょうと軽く嫌味を言う程度で抑えておいた。

先に飛び立った筈のしいなとロイド・ジーニアスが次々に到着し、竜を空へ放してから改めてその場を見回す。―――明らかに人数が足りない。

「クラトスとコレットは?」

最後に到着したロイドが、先に到着していたリフィルに問い掛ける。

「どうやら先に行ったみたいね。私たちも行きましょう」

空を見上げれば青い空に飛ぶ4匹の竜の姿。―――そのどれもに人影がないことから、おそらくクラトス達は既に此処に到着しているのだろう。

どうして仲間の到着を待たずに先に進んだのか疑問ではあるが、先に行ったのなら早く追いかけるのが先決だ。

リフィルの提案に一同は救いの塔へと伸びる長い階段を駆け上がった。

既に封印が解かれてある扉を抜け、静まり返った長く伸びる道を駆け抜けるが、そこから見える光景に、思わずロイドが足を止める。

「・・・なんだよ、これ」

呆然と呟く。―――そこにあったものは、思考を停止させるに十分なものだった。

「・・・死体?」

ポツリと漏れた呟きに、全員の顔色が青く染まる。

「なんでこんなにいっぱい死体があるんだよ!!」

ロイドの叫び声が、静かな空間に虚ろに響く。

「今まで世界再生に失敗した神子・・・なのかもしれないわ」

リフィルの声に、ロイドが勢い良く振り返る。―――コレットの姿が脳裏に過ぎった。

「じゃあ、コレットも失敗したらここに並ぶのか!?」

「コレットが心配だよ!急ごう!!」

ジーニアスの焦りを帯びた声色に、誰もが口を閉ざして駆け出した。

その後ろを追いかけながら、は無表情で無数の棺に納められた死体を見下ろす。

そこにロイド達が感じた戸惑いとは違う感情が浮かんでいた事に、先を急ぐ彼らの誰も気付く者はいなかった。

 

 

ロイド達が封印の間へ駆け込んだ時には、既にコレットは祈りを捧げていた。

今まで見てきたものとは違う趣の祭壇。―――祭壇というよりは壇上と言った方が正確だろうか。

人の身長を軽く越える壇と、両側に円を描くようにある階段。

一同がすぐさまコレットに近づこうとしたその時、眩しい光と共に見慣れた男がコレットの前に姿を現す。

守護天使レミエルは、以前よりも興奮したような面持ちでコレットを見下ろした。

「さあ、我が娘コレットよ。最後の封印を今こそ解き放て。そして、人としての営みを捧げてきたそなたに最後に残されたもの。すなわち心と記憶を捧げよ。それを自ら望むことにより、そなたは真の天使となる!」

声高らかに告げるレミエルに、一同は呆然とその場に立ち尽くした。

「・・・なんだって?心と記憶を・・・捧げる?」

「コレット、ボクらを忘れちゃうの?」

驚きに目を見開き呟くロイドとジーニアスを、リフィルは気まずげに見詰め口を開く。

「コレットは・・・ここで人としての死を迎え、そして天使として再生する」

そのリフィルの言葉に、は微かに表情を歪めた。―――否、正確に言えばその言葉にではなく、その言葉によって生まれた頭痛にだ。

救いの塔に足を踏み入れた時から微かに感じていた頭痛は、今少しづつその強さを増していた。

痛みに頭が働かず、ただぼんやりと辺りを見回す。

この場所を、知っている?

心の中でそう自問し、そうしてその問いに自らが出した答えに愕然とした。

自分は、この場所を知っている。

何故と問うても解らない。―――救いの塔に入るなど、初めてのはずだ。

けれどこの場に流れる独特の雰囲気。

それはとても肌に馴染んだもので・・・それが更に頭痛と不快感を生む。

ロイドが何事かを叫んでいたけれど、それに構っていられるだけの余裕がにはなかった。

咄嗟に再び辺りを見回すが、その空間に彼女が探す姿は見当たらない。

不安と絶望に心が支配される中、耳についたのは不快な笑い声。―――そちらに視線を向けると、マナの守護塔で見たレミエルがその時とは違う嘲りの笑みを浮かべていた。

「どうだ!とうとう完成した!マーテル様の器が完成したぞ!!これで私が四大天使の空位に治まるのだ!!」

呆然とするロイド達を前に、既に正気を失っていると思われるコレットを連れてレミエルが宙高くに舞い上がる。

「・・・・・・マーテル?」

至極小さな声で呟き、コレットとレミエルを呆然と見詰める。

襲う頭痛は既に耐え切れるものではなかった。―――牧場に拘束されていた時よりもずっと酷く、そしてずっと胸が痛い。

その時、の中で何かが壊れた。

「貴様!許せねぇ!!何がクルシスだ!何が天使だ!何が女神マーテルだ!コレットを返せ!!」

「そうはいかぬ。この娘はマーテル様の器。長い時間をかけて完成した、マーテル様の新たな身体なのだから!」

剣を抜き戦意を漲らせるロイド達を見下して、レミエルは冷たい笑みを浮かべた。

「貴様たちに用はない。消えろ!!」

そう声を上げ、手を振り上げたその時。―――何かがロイドの横を物凄いスピードで通り過ぎ、それは手をかざしたレミエルの身体へと深く突き刺さった。

「・・・ぐぅ!」

小さく呻き声を上げるレミエルに、一体何が起きたのかと背後を振り返ったロイド達は一瞬息を飲む。

「・・・?」

そこにいた人物の名を呼ぶ声が、何故問い掛けるものだったのか。

思わず背筋が凍る。―――そこにいたは、彼らの知るではなかった。

冷たい目と痛みに歪んだ表情。

漂う殺気は、その場にいた者たちの動きを止めてしまうのに十分なもので。

「・・・黙れ」

低く這うような声色に、腹を押さえたレミエルが顔を上げた。―――その表情が微かに引きつるが、その変化に気付ける余裕のある人間は誰もいない。

「・・・な、何故」

「消えろ!!」

叫びと同時に、無数の闇の刃がレミエルを襲った。

絶叫を響かせて、レミエルが地に伏す。―――それと同時に、もまた両手で頭を押さえてその場に跪いた。

!!」

しいなが慌ててに駆け寄る。

その声を意識の端で捕らえながらも、は返事を返す事さえ出来ずにただ割れるような痛みを生む頭を抱えた。

色んな光景が流れるように脳裏を過ぎっていく。

そこには見知った顔も、また今のには知らない顔もある。

声さえ発することも出来ず、ただどうにもならない頭痛に吐き気さえ覚えた頃。

聞き覚えのある・・・そうして心のどこかでずっと探していたその人物の声に引かれるようにゆっくりと顔を上げた。

「・・・・トス?」

喘ぐように呼吸と共に名を呼ぶ。―――まるで救いを求めるように伸ばしかけた手は、その後に起きた出来事によって止まった。

目に映るのは、信じられないような光景。

クラトスの背中に生えたコレットと同様の翼に、は驚愕に目を見開く。

その瞬間、頭の中で何かの音が聞こえた気がした。

ああ、そうだ・・・。

声にならない声で呟く。―――ああ、そうだったんだ・・・。

ロイドの怒声も、何の音もの耳には届かない。

不思議なくらいな無音の中で、ただ自分の鼓動の音だけが聴覚を支配する。

不意にクラトスの側に光が生まれた。

その光は少しづつ強さを増し、そうして少しづつ人の姿へと変わっていく。

あまりにも唐突に出現した金色の長い髪を揺らす青年を目に映して、は自嘲気味に微笑んだ。

 

 

「さらばだ」

自ら倒したロイド達を見下ろして、金髪の青年は侮蔑の笑みを浮かべた。

凝縮したマナを手に、それを高く振り上げる。―――その時何処からか光の球が放たれ、それを避けたと同時に複数の男たちがその場になだれ込んできた。

「くっ、神子は既に天使化してしまったか!止むを得ん、殺さず連れて帰るのだ!!」

リーダーと思われる男が数人の男たちに指示を飛ばし、自らもロイドを担ぎ上げる。

金髪の青年が体勢を整える前に撤退しようと背を向けるが、背後で男の戸惑ったような声が聞こえて慌てて振り返る。

そこには力無く膝を付き頭を抱えたが、助け起そうとしている男の手を振り払っている姿があった。

一体何をしているのかと口を開きかけるが、自分たちを統率する男がは人に容易に触れられる事を嫌うと言っていたことを思い出し、すぐさまの側に駆け寄るとロイドを男に任せての腕を引き上げる。

予想された抵抗はなく、そのまま肩に担ぎ上げて全速力で用意された逃走ルートへと足を向けた。

あっという間に乱入してきた男たちが消えた頃、金髪の青年・・・―――ユグドラシルは先ほどまでが蹲っていた場所を呆然と見詰める。

「・・・クラトス、どういう事だ?」

「・・・・・・」

静かな問い掛けに、クラトスは無言で青年を見た。

驚愕に見開かれた眼差し。―――握り締められた拳は、行き場もなくただ身体の横で微かに震えていた。

「何故・・・がここにいる?彼女はテセアラにいた筈だ。そして・・・」

言葉はそこで途切れる。

先ほどの騒がしさなど感じさせない静けさの中、クラトスは重い口を開いた。

「・・・記憶喪失、だそうだ」

「・・・・・・記憶喪失?」

呆然とクラトスを振り返り呟くユグドラシルに、ただ頷き返す。

「そうだ。今のは何も覚えていない。私のことも、自らの事も、そして・・・お前の事も」

「何故、私に報告しなかった?」

クラトスの言葉を遮って、ユグドラシルが厳しい声色で問い掛ける。

その目に宿っているのは怒り。―――それを受けてもクラトスは動じる事無く、ただ静かな口調で言葉を続けた。

「私は神子の監視をしなければならない身だ。離れるわけにはいかないだろう?」

「・・・・・・」

告げられる正論に、ユグドラシルはクラトスを見据える。

本当にそれだけかという無言の問い掛けに、クラトスは何の反応も見せずに無言を貫いた。

「・・・まぁ、いい」

溜息と共に吐き出された言葉に、表情にこそ出さないけれどホッと肩の力を抜く。

クラトスはユグドラシルと言い争いをするつもりはなかった。―――そんな事をしても無駄だと解っているからだ。

ユグドラシルはが去った方へと目を向けて、柔らかな笑みを浮かべる。

「今は無事が解っただけで良いさ。これからのことはゆっくりと考えよう。勿論レネゲードについてもな。退くぞ、クラトス」

「・・・御意」

この場に姿を現した時と同じように光に溶けるように姿を消したユグドラシルを見送って、クラトスもまたレネゲードが消えた方へ目を向けた。

「レネゲードに助けられたか。・・・・・・死ぬなよ、ロイド」

ポツリと呟き、静かに目を閉じる。

強く握り締めていた拳を解き、そこに残るの頬の温かさを思い出した。

手酷い裏切りをした自分を、それでも守ってくれていた

彼女がどういう気持ちで自分を見ていたのか・・・簡単に想像出来るけれど、それでもそれはただの想像にしか過ぎず、きっとそれ以上の苦しみを抱いたに違いない。

「今度は、私の番だ」

呟いて目を開く。

例えそれが仮初の時間なのだとしても・・・―――それでも出来得る限りの時間を、作って見せよう。

せめて記憶を取り戻すまで。

それまでは穏やかな時を過ごせるように・・・。

クラトスは堅く心に誓い、踵を返して光に溶けるようにして消えた。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

なんか出来がどうこう言う前に、とりあえず進めてしまおうみたいな。(最悪)

色々重要なところをすっ飛ばしつつ、全部書くのは大変だから誤魔化しましたみたいな感じがありありですが、書き直す気力がありません。

もうこの辺はサラッと読み飛ばして頂いて、さて次はレネゲードですか?

とっととテセアラに逃げてしまいましょう。

テセアラに逃げれば、また色々と絡みを書きたい人たちがわんさか出てきますし。(笑)

作成日 2004.11.7

更新日 2008.8.6

 

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