と別れた後、観光にとメルトキオの街を歩いていた時の事。

階段を上った先にある広場に足を踏み入れたロイド達は、更に続く階段の上からこちらへと降りてくる集団を見つけた。

複数の女性に囲まれた、鮮やかな赤い髪の背の高い青年。

一体何の集団なのかと思いつつも素通りをしようとした一行に、しかし赤い髪の青年がすれ違ったコレットを振り返る。

「なになに〜?こ〜んな時期に天使の仮装なんてめっずらし〜!」

軽い口調と明るい声に、ロイドは何事かと青年に顔を向けた。

「なんだよ、お前。コレットになんか用か?」

「いやぁ〜。こんな所で出会うなんて、これってもしかして運命?・・・っというわけで、天使ちゃん俺とお茶でもどう〜?」

「俺は無視かよ!っつーか、コレットに触んなっ!!」

ロイドが赤い髪の青年を遮る前に、青年の手がコレットの肩を掴む。―――がその直後、自己防衛機能が働いたコレットによって、腕を捕まれ軽く投げ飛ばされてしまった。

青年と共にいた女性の悲鳴が広場に響き渡る。

あわや花壇に激突!・・・と思われたその青年は、しかし空中で体勢を整えると、難なく地面に着地した。

「天使ちゃん強いねぇ〜。俺様、超びっくり!」

突然の出来事にも動じた様子のない青年は、コレットと驚きに目を見開くロイド達を交互に眺めて、ニヤリと口角を上げた。

 

約束が果たされた瞬間

 

ロイドが広場で赤い髪の青年と遭遇していたその時。

テセアラでは知らぬ者はいないだろうと思われるほど有名なワイルダー邸で、は目の当りにした現実に脱力していた。

王族に次ぐと言われている貴族の屋敷だけあって、リビングにあるソファーはふかふかの座り心地の良い高級品だ。

既に馴染みのある場所とはいえ、暫くの間ご無沙汰していたその心地良さに、は疲れた身体を深く沈ませ天井を仰いで溜息を吐く。

自分の他に誰もいない広い部屋でただ何をするでもなく天井を見詰めていると、暫く経った頃をこの部屋に通した当人であるワイルダー家の執事・セバスチャンが戻ってきた。

「お待たせ致しました」

その言葉と共に、テーブルに淹れたての紅茶が出される。

それに小さく礼を言って、白い湯気を立てるカップを手に取り一口だけ口に含んだ。

フワリと良い香りが鼻腔をくすぐり、少し甘い味が口内に広がる。―――やっぱりワイルダー家は出てくる物も高級品ねと妙な所に感心しつつ、チラリと傍らに立つ執事を盗み見た。

何を言うわけでもなく、ただ傍らに立つだけ。

これは控えてるというよりも、寧ろ監視されている感が否めない。

は再び溜息を零すと、カップをソーサーに戻してソファーから立ち上がった。

様、どちらへ?」

「・・・そろそろお暇しようかと」

「折角お越し下さったのに、何のお構いもなくお帰しするわけにはいきません。すぐに昼食の用意も整いますし、もう暫くお待ちくださいませ」

「いや、実は人を待たせてるの。あまりゆっくりしている時間は・・・」

「そうおっしゃらずに」

ああ言えばこう言うとは、まさにこのことか。

埒のあかない押し問答にが焦れてそのままリビングを出ようとすると、遮るようにドアの前にセバスチャンが立ちはだかった。

それは執事がする行動としては相応しくない。―――それも長く執事を務めてきた彼の行動とは思えなかった。

しかしそうまでしてもを引き止めたいと思う理由が、セバスチャンには確かにあったのだ。

「・・・セバスチャン」

はぁ・・・と大きく溜息をついて、は真剣な表情で自分を見る執事を見返した。

様、どうか・・・もう暫くの間だけでもお留まりくださいませ」

「もう暫くって言ってもね・・・」

懇願するような声色に、どうしたものかと視線を彷徨わせる。

「・・・様」

「だって、あいつ。何時帰って来るか解らないじゃない」

はここに来た目的でもある青年を思い浮かべて、脱力気味にそう呟いた。

こんな真昼間に青年が屋敷にいることなどない事を、は知っている。―――それでもこうして尋ねて来たのは、気まずさ故の緊張の為に失念していたからだろうか。

だから当然この時刻に青年が屋敷にいなかったことは、もちろん彼のせいではない。

けれど決意を固めてこの屋敷を訪れたにしてみれば、肩透かしもいい所。

決意が堅かった分脱力も大きく、振り絞った勇気も萎えてしまっていた。―――このまま青年が帰って来るまで待つ気には到底なれない。

それ以前に、はロイドに『一時間後に王城の前で』と約束をしているのだ。

何時までもここでのんびりとしているわけにはいかない。

既に約束の一時間は過ぎてしまっていた。

「セバスチャン。さっきも言ったけど、私は人を待たせてるの。これ以上ここにいるわけにはいかないわ」

「・・・では、今夜もう一度此処を尋ねるとお約束してくださいますか?」

「いや・・・それは・・・・・・うん、まぁ・・・え〜っと・・・」

思わず口を濁すに、セバスチャンはキッパリと言い切る。

「お約束していただけないのであれば、お帰しするわけにはいきません」

「約束したって、絶対信じないくせに・・・」

ボソリと小さな声で反論してみるが、やはりそれはあっさりと無視された。

この執事は一見物腰柔らかに見えて、しかしワイルダー家の執事を勤めるだけあるとが実感するほどしっかりとしている。―――ワイルダー家当主への忠誠心は、見ていて流石と舌を巻くほどだ。

その当主の護衛でもあったに対しても礼儀正しく接してくれるが、やはり主人に関する事にはに対しても容赦がなかった。

執事をぶっ飛ばして屋敷を出るという手段もあるが、いくらなんでもそれをやるほどは非常識ではないし、またこの執事を気に入っていないわけでもない。

さて、どうしたものか?と思案し始めたに、セバスチャンは先ほどの強気な声色とは正反対の窺うような声で口を開いた。

「・・・人を待たせていると仰っていましたが」

「・・・ん?」

「それは、新しい仕事の相手という事ですか?」

「は?」

言われた意味が解らず首を傾げると、セバスチャンは言い辛そうに視線を泳がせた。

一体なんなんだと心の中で呟きながら、先ほど言われた言葉を反芻する。―――すぐさま言われた言葉の意味を察して、はなるほどと相槌を打った。

は護衛としてこの家に来た。

具体的に職業を提示したわけではないが、一般的に考えつく職業は『傭兵』辺りが妥当なところだろう。―――協会からの推挙を考えれば、協会関係者というのも有り得るが。

自身が何も言っていないのだから、彼女がワイルダー家当主の側にいた本当の理由などセバスチャンが知り得るわけがない。

与えられた情報から導き出された、極自然な答え。

それが『新しい護衛の相手』なのだろう。

「そういうわけじゃないんだけど・・・」

否定を口にしつつも、それ以上の説明はしない。―――そう簡単に説明できるほど、この件は簡単な問題でも、口外して良い問題でもなかった。

ポリポリと頭を掻いて、は困ったようにセバスチャンを見詰める。

簡単に説明出来ない以上、どんな言葉を並べても嘘は見抜かれてしまうだろうと思った。

仕方ないか・・・とポツリと呟き、それを聞き取ったセバスチャンが顔を上げたと同時に踵を返してリビングの奥へと駆けて行く。―――何事かと目を丸くするセバスチャンを尻目に、は奥の窓に足を掛けて首だけで背後を振り返った。

「ごめんね。また機会があったら顔を見せるから!」

様!!」

セバスチャンの叫び声を背中に、は広いワイルダー家の庭を疾走する。

会いたい気持ちが消えたわけではないけれど・・・―――それでも厄介な事情を抱え込んでしまった自分が、再びこの家を訪れる事はきっとないだろうとは思う。

会えはしなかったけれど、近況は知ることが出来た。

元気にやっているという事が解れば、今はそれで十分だ。

「結局会わなかったって言ったら、しいな怒るだろうな・・・」

その場面がリアルに想像できてしまって、は思わず苦笑を浮かべた。

 

 

貴族の屋敷が立ち並ぶ住宅街を抜けて広場に飛び出したは、そのまま足を止めずに更に続く階段を駆け上がった。

階段を上りきったそこには、圧倒されるほど大きな城がそびえ立つ。

王都メルトキオの名物でもあるテセアラの王が住むそこが、ロイド達との待ち合わせの場所でもあったのだけれど・・・。

王城の前で足を止めたは、キョロキョロと辺りを見回した。

いるはずのロイド達の姿が見当たらない。―――まだ来ていないのだろうかと思ったけれど、コレットの治療を最優先に望むロイド達が時間に遅れるとは思えなかった。

何かあったのだろうかと不安になり、は門前を警護する兵に近づき声を掛ける。

「あ、殿。お久しぶりです」

親しげに挨拶をする兵に微笑みかけて、は同じように久しぶりと口を開く。

仕事の関係でよく王城に足を運んでいたは、既に王宮の兵士たちと顔見知りになるほど親しい関係を築いていた。

一言二言言葉を交わした後、はちょっと聞きたいことがあるんだけど・・・と前置きをしてから本題に入る。

「此処で人を見なかった?17・8の男の子と女の子の2人と、銀髪の綺麗な女性とその人に似た12・3歳の少年なんだけど・・・」

「ああ、運び屋のことですか?」

「・・・運び屋?」

あっさりと返って来た言葉に、は不審気に眉を顰める。―――けれどそれに気付いていない門番は、もう1人と笑顔で談笑しながら事の顛末を語ってくれた。

「神木を運んできたやつらの事でしょう?彼らならプレセアと一緒に中に入っていきましたけど」

「プレセアと?」

門番の口から出た思いもよらない名前に、思わず声を上げる。

どうやらロイド達はの到着を待てずに、独自で城の中に入る手段を考えたようだ。

そこにたまたま神木を運んできたプレセアと出会い、協力を申し出て城の中に侵入したのだろう。

あの人見知りの激しい(というのとは少し違うけれど)プレセアの協力を得られた事に内心驚きながらも、違うんですか?と疑いを抱き始めた門番ににこやかな笑みを向ける。

「そうそう、運び屋。実は私もお願いしたい事があって、彼らを探してたのよ」

「そうだったんですか」

安心したようにホッと息をつく門番を前に、は浮かべた笑顔をそのままに内心ロイド達に向かい文句を並べ立てる。

確かに約束の時間に遅れたのは自分だけれど、どうして少しの間だけでも待てないのか。

勝手に王に会いに行って・・・いくらしいなの紹介状があるからとはいえ、不審者として始末されても文句は言えない。

そもそもロイド達がどう思っているのかは解らないが、コレットはシルヴァラントの神子なのだ。―――しいなが暗殺に差し向けられた事からして、好意的に対応してくれるわけがないだろう。

リフィルならそれくらい解りそうなものなのに・・・と責任をなすりつけて、は門番に声を掛けた。

「中に入っても良いかしら?少し急いでいるのよ」

「構いませんよ。殿でしたら、身元もしっかりとしていますし・・・」

「ありがとう」

あっさりと出た許可に礼を言いつつ、既には城の中へと駆け込んでいた。

だから当然、この後自分に向けられた言葉もには届かなかった。

「ああ。丁度ゼロス様もお見えになっていましたよ」

 

 

城内に飛び込んだは、慣れた足取りで王の私室を目指す。

ロイド達が運んできたと思われる神木は、城内の入り口付近に放置されていた。―――側にプレセアの姿も見えなかったということは、今も一緒にいるのだろう。

バタバタと兵士たちの走る音が聞こえ、嫌な予感に襲われる。

もし此処でロイド達に何かあれば、彼らをしいなから託された自分の立場がない。

は目前に迫った王の私室の扉を、失礼だとは思いつつノックもせずに勢い良く押し開けた。

「失礼します!!」

切羽詰ったの声が、部屋の中に響く。

それと同時に向けられた幾つもの視線を感じながら、は目の前の光景に思わず絶句した。

そこには予想通りのロイド・コレット・リフィル・ジーニアス・プレセアの姿。

部屋に奥にはこの部屋の主人である王とその娘ヒルダ、マーテル協会を牛耳る教皇。

そして王の傍らに呆然と立ち竦む、赤い髪の青年。

「・・・?」

まるで幻でも見ているような顔でを凝視する青年に、は何も言えずに同じように呆然と立ち尽くす。

が飛び込んできた時とは比べ物にならないほど静まり返った室内。

誰もが訳も解らず動けずにいる中、最初に行動を起したのは赤い髪の青年だった。

弾かれたように足を踏み出し、手を伸ばしての腕を掴むと強引に引っ張る。

突然の出来事に体勢を崩したは引かれるままに青年の方へと倒れこんで・・・―――そしてその身体はしっかりと抱き止められた。

「ちょっ!ゼロス!?」

瞬時に起こった出来事を理解して声を上げるが、赤い髪の青年・・・―――ゼロスは、何も言わずにただを抱きしめる腕に力を込める。

何とか抜け出そうと抵抗を試みるものの、腕の力は増すばかりで一向に解放される様子はない。

「・・・・・・」

は無言でゼロスを見上げると、諦めの溜息を零して自分を抱きしめる青年の背中に腕を回し、宥めるように優しく叩いた。

部屋の中は、未だ静まり返ったまま。

さっきまでのおちゃらけた態度を一変させたゼロスと、大人しく抱きつかれるままになっているを呆気に取られたように交互に見詰めているロイド達を横目に、は心の中でひっそりと溜息を吐く。

この後の説明とフォローが大変だ。

そんな事を思いつつも、は自分の頬にかかる鮮やかな赤い髪を目に映して、安心したような嬉しいようなそんな感情を胸に柔らかな笑みを浮かべた。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

ゼロス再登場〜!!(どんどんぱふぱふ)

の割にはあんまり出番はありませんが・・・。(寧ろセバスチャンが異様に出張ってる)

長かったなぁ〜・・・としみじみ。

実際クラトス相手に書いてるよりも、ゼロスを書いてる方が楽しかったり・・・。(笑)

いっその事クラトス夢じゃなくてゼロス夢にするか・・・とか。(どっちでもいけそう)

作成日 2004.11.10

更新日 2009.4.22

 

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