部屋の中は、未だ静寂に包まれていた。

突然自分の元を去ってしまったが唐突に戻ってきた事に、ゼロスは衝動的にを逃がさないようにとその身体を抱きしめてしまったのだが・・・。

「・・・・・・」

チラリと自分の腕の中にいるを盗み見たゼロスと、同じように自分を見上げたの視線がバッチリかち合った。

そうして横目で既にギャラリーと化している、ロイド達の様子を窺う。

「「・・・(き、気まずい!!)」

呆然と動く気配もなく立ち尽くし、言葉さえも失ったロイド達。

女性の扱いには勿論慣れているゼロスだが、自分から誰かを強く望んだ事など今までは一度もなく、こうして衝動的に抱きしめる経験など初めてであった為、その後の対応の仕方がよく解らない。―――対するも、あまりこういった出来事は得意ではなかった。

ずっとくっついているのもどうかと思ったが、離れた後もどう振舞って良いのかさっぱりで、2人はただ困り果てそのまま立ち尽くす。

そんな時、コホンと誰かの小さな咳払いが耳に届き、全員が我に返ってそちらの方へと視線を向ける。

「・・・話を先に進めて構わなくて?」

冷静に何事もなかったかのようにそう切り出したリフィルに、2人は心から感謝した。

 

たとえばの話

 

しいなからの手紙を読み終えたテセアラ王は、これからの事を話し合うからとロイド達を別室に移すよう兵士に命じた。

その際極自然に部屋に残されるを、別室に移されるロイド達は心配げに見詰めていたけれど、大丈夫だとにっこりと笑顔を向けて見送る。

「・・・さて。それではお前の口から説明してもらおうか、

完全に周囲から人の気配が消えた頃、今まで沈黙を守っていたテセアラ王がを見据えてそう切り出した。

それに答えるようにも正面から王を見詰めて、キッパリと言葉を紡ぐ。

「詳細はしいなの手紙に書かれてあります。そこに書かれている事が、動かす事の出来ない事実であり、結果です」

「・・・俄かには信じられん話だがな」

「信じられなくとも、それが事実なのですから」

溜息と共に吐き出された言葉に、は追い討ちを掛けるように告げた。

「クルシスの天使がハーフエルフだなど・・・!!」

無言で思案する王の隣で、教皇が吐き捨てるように呟く。

今までこれ以上ないほどハーフエルフを迫害してきた教皇としては、信じたくない事実ではあるのだろう。―――そんな教皇を、は冷たい目で睨みつけた。

同じく王の隣に立つ皇女ヒルダは、何も言わずに目を伏せて沈黙を守っている。

「まぁ、今までのことは今更言っても仕方ねぇんだし、これからのこと考えようや」

沈黙が落ちた部屋の中に、能天気な声が響いた。

声に引かれて全員がそちらに目を向けると、声を発した当人であるゼロスは腰に手を当てて呑気に笑っている。

「そんな簡単な問題ではないでしょう、神子様」

「んな事言ったって、暗殺失敗しちまった事に変わりはねぇだろ?問題はこれからどうするかって事なんじゃねぇの?」

咎めるように鋭い視線を向ける教皇に、しかしゼロスは動じた様子なくサラリと告げる。

その言葉に、今まで無言だった王がゆっくりと口を開いた。

「神子の言う通りだ。問題は、これからどうするかという事だな」

王とゼロスの言葉に、教皇は何も言う事が出来ずに悔しげに唇を噛む。

テセアラで最も強い発言権を持つ王とゼロスに、マーテル協会の教皇とはいえ太刀打ちできる筈もなかった。

「現在シルヴァラントの神子は我々の手の内にある。取り返しがつかなくなる前に神子には消えてもらうという手は・・・」

「それは不可能だと思います」

王が噛み締めるように呟いた言葉に、しかしは即座に否定を示した。

静かに向けられる眼差しに、は小さく息を吐く。

「シルヴァラントの神子は今、不完全な形で天使化しています。元々器としての存在なのですから、記憶も感情も人としての情もありません。その上しっかりとした防衛本能だけは備わっているのですから、手を出せば被害を受けるのはこちらの方です」

それこそ、瞬きする間もなく・・・と添えられた言葉に、全員が黙り込んだ。

「・・・ならば、どうする?」

「その答えを、私にお求めですか?」

問い掛けを更に問い掛けで返し、は真剣な表情を崩さず王を見据える。

しかしその声に何かを企む色が隠れている事に、ゼロスは気付いた。

聞こう・・・と搾り出すように答えた王に、はにっこりと微笑みかける。

「では、まず。私は彼らの主張を受け入れ、神子を天使化した状態から解放する事をお勧めします。今のままでは神子の命云々以前に、こちらにとっても危険な状態であることに変わりはないのですから」

「・・・・・・なるほど。その後殺しても遅くはないということか」

ボソリと呟く教皇を、は鋭い眼差しで睨みつけた。

その視線に少し怯むものの、教皇も同様にを睨み付ける。

一応教会からの推挙という形でゼロスの護衛に収まっていただが、教皇と彼女の折り合いはすこぶる悪かった。

勿論それは教皇がゼロスの命を狙っているという事実を前提としている為でもあるのだが、は教皇の考え方そのものに嫌悪を感じている。―――人を蔑むような目が、何よりも不快だった。

は一際強く教皇に冷たい視線を送ると、それを王に戻して更に言葉を続ける。

「無事人に戻った神子を殺す事は、さほど難しい事ではないでしょう。テセアラの全勢力を注げば、決して不可能な事ではありません。しかし今シルヴァラントの神子を消しても、また再びシルヴァラントでは神子が生まれる。驚異は決して消えるわけではありません。それはただ問題を先延ばしにしているだけです」

「・・・では」

「神子がテセアラにいる限り、世界再生が成されることはない。今のところ彼らがシルヴァラントに戻る方法は皆無なのですから、暫くは泳がせておくのが得策ではないかと」

ゼロスがピクリと眉を上げる。

なるほど・・・と心の中で呟いて、微かに口角を上げた。

彼女の言葉の中に含まれた意味に、漸く気付いたのだ。

はロイド達が望むコレットを元に戻すための下準備を整え、それに加えてコレットに危害が加わらないよう・・・そしてテセアラで自由に動ける為にと根回しをしている。

進言される言葉は正論でもあるので、誰もそれに気付かない。

チラリと横目で窺うと、その視線に気付いたと目が合った。

「うむ。しかし放置するのは危険ではないか?」

「では監視役を付ければ宜しいでしょう。支障がないなら、私がその役目を・・・」

「お前は適任とは言えないのではないか?」

最後の仕上げとばかりに自ら監視役を申し出たの言葉を遮ったのは、今まで蚊帳の外に放置されていた教皇だった。

ニヤニヤと厭らしい笑みを浮かべて、を見据える。

は一度神子暗殺に失敗している。その上やつらと行動を共にして来たのでしょう?情が移っていないとも限らないのでは?」

明らかに刺を含んだ言葉に、は眉を顰めた。

どうあっても邪魔をしたいらしい。―――今まで散々ゼロス暗殺を阻止してきたに対する嫌がらせなのだろう。

「・・・ですが、殿の腕前は実績でも証明されておりますわ。その殿が暗殺に失敗したのであれば、他の誰が監視役でも力不足なのではないでしょうか?」

今まで沈黙を守ってきたヒルダが、唐突に口を開いた。

予想外の援護射撃にも教皇も揃って目を丸くする。―――それに気付いているのかいないのか、ヒルダはに柔らかく微笑みかける。

ゼロスを通じて、はヒルダとも面識があった。

勿論相手は一国の皇女なのだから気軽に遊びに行くというような事はなかったけれど、晩餐会などで顔を合わせれば親しげに言葉を交わし、相手の好意を感じる事ができるほど。

ヒルダと目が合ったは、向けられる微笑みに感謝するように笑みを浮かべた。

「私は、殿を監視役にすると言う提案に賛成致します」

静かに語られるヒルダの言葉に、王は考え込むように黙り込んだ。

ヒルダの言い分に一理あるとは王も思っている。―――しかし教皇の言い分を真っ向から否定出来ないことも事実だった。

は決してテセアラに忠誠を誓っているわけではないが、それでも彼女がどれほどテセアラの神子を大切に思っているかは疑い様もない。

その神子を窮地に晒すような真似を、がするわけがないという確信はあった。

そんな中、決断を下せず悩む王に、ゼロスはニヤリと楽しげに笑みを浮かべて口を開く。

「だったら話は簡単だ。俺様がその監視役になってやるよ」

またもや飛び出た予想外の発言に、全員が目を丸くする。

「俺様なら問題ねぇだろ?ちゃ〜んとあいつらを監視してやるからさ」

畳み掛けるように王に告げ、任せとけって!と呑気に笑う。

咄嗟に王から視線を向けられたは、大丈夫だとでも言うように深く頷いた。

それを見たテセアラ王は、これ以上話し合っても良い案など浮かばないだろうという事を察したのか、深い溜息の後結論を下した。

「では、お前たちに任せよう」

その言葉に苦々しい表情を浮かべる教皇を見て、とゼロスは顔を見合わせてしてやったりとでも言うように笑顔を浮かべた。

 

 

「結局、お前は何企んでんの?」

「企むだなんて人聞きの悪い・・・。私はただ最善の策を提示しただけよ」

王の部屋を出てロイド達がいる客間へと向かう道すがら、後ろを歩くゼロスから掛けられた問いに、は振り返ることもせずにサラリと答えた。

勿論そんな言葉に、ゼロスがあっさりと引き下がってくれるとは思ってはいなかったが。

「んなセリフで俺様が騙せるかってーの」

案の定ゼロスは呆れたような声色で、更に質問を投げかける。

「確かにあいつらそれなりに実力ありそうだし、それ以上にかなりしぶとそうだけどよ。お前が本気出せばあいつら捻じ伏せるなんて簡単だろ〜?なのに神子暗殺にシルヴァラントまで行っといて、それしないで帰って来るって何考えてんだ?」

「あら?ゼロスまでシルヴァラントの神子が暗殺される事を望んでたの?」

「・・・別にんな事言ってねぇ・・・・・・って、質問に答えてねぇぞ。話逸らすなよ」

「・・・・・・」

不満げなゼロスの声に、しかしは何も言わずに肩を竦めるだけ。

その仕草はゼロスにとっては見慣れたもので、こんな風に話を逸らす時のには何を聞いても答えてくれない事を彼は一番良く知っていた。

だからこそそれ以上問い掛ける事もせずに、ゼロスは口を噤んで前を行くの背中を見詰めたまま、入り組んだ城内をただ歩く。

「んじゃ、質問変えるわ」

先ほどと比べて数段低くなった声色でポツリと呟くようなゼロスの言葉に、は漸く足を止めて振り返った。

怪訝そうに自分を見返すに笑みを向けて、ゼロスはことさらゆっくりとした足取りでの前に立つ。

「お前、これからどうする気?」

「どうするって・・・」

「俺様たちに付いて、一緒に研究所に行くのか?それとも・・・また勝手に1人でどっか行くつもりか?」

自分を見下ろすゼロスの冷めた眼差しに、は口を噤んでただゼロスを見詰め返す。

そこに含まれているのは、手紙一通だけ残して去ったに対する怒りと・・・そしてその奥に微かに見え隠れする悲しみ。

罪悪感と共に、出会って初めて向けられる感情に、は何も言えずにただ無言でゼロスを見上げていた。

おそらくロイド達は、が自分たちと一緒に来るだろうという事に疑いなど持っていないに違いない。―――まさか此処でサヨナラなんて考えてもいないはずだ。

そうしても、見知らぬ世界に彼らを放り出すつもりはなかった。

それでも・・・監視役が自分ではなくゼロスになってしまった事は、にとっても誤算だったと言える。

テセアラに戻って来ても、もうゼロスの側にいることなどないだろうと思っていた。

自分にできる事は、影ながらゼロスの手助けをする事だけだと。

「・・・たとえば」

重い沈黙を破り、ゼロスが唐突に口を開く。

「たとえば・・・俺様がの事を、また護衛にしたいっつったらどうする?」

降ってくる声に、は驚愕に目を見開いた。

想像もしていなかった言葉に、しかしそれがゼロスの真意なのだという事は真剣な顔を見れば聞かずとも解る。

暫くの間呆然とゼロスを見上げていたは、柔らかな笑みをその口元に宿して同じようにゆっくりと口を開く。

「例えば・・・私がもう一度ゼロスの護衛になりたいって言ったら・・・どうする?」

の答えとも言える言葉に、ゼロスはニヤリと口角を上げた。

「ま、たとえばだからな」

「そうね、例えばだからね」

顔を見合わせて笑顔を浮かべ、軽い口調でそう呟く。

「んなこと言う前に、俺様を解雇した覚えはないんだし?」

「私も解雇された覚えはないわね」

「つー事は、はまだ俺様の護衛なんだしな」

「そうね・・・私はまだ、ゼロスの護衛なのよね」

無意識に入っていた肩の力を抜いて、お互いしみじみと呟いた。

不器用な2人が出した、一緒にいる為の結論。―――遠回しではあるけれど、それをお互いに伝え合ってそしてお互いそれを受け入れた。

柄にもなく照れてしまい、2人は再び訪れた気まずい空気に戸惑っていたが、唐突に何かを思い出したゼロスが手をポケットに突っ込む。

「そーだ。・・・ちょっち手ぇ出してみろ」

「・・・何企んでるの?」

「いーから、手ぇ出せって!」

急かされ、訝しく思いながらも素直に左手を差し出したに、ゼロスは柔らかな笑みを浮かべた。―――そうしてポケットに突っ込んでいた手を取り出し、差し出されたの左手首に何かをカチリと嵌め込む。

なんだろうと首を傾げて腕を戻したの左手首から、涼やかな鎖の音が聞こえた。

そこに嵌められているのは、シルバーの拙い細工が施されたブレスレット。

「・・・・・・ゼロス?」

「でっひゃひゃひゃ。俺様からの贈り物だ。光栄だろ〜?」

下品な笑い声と茶化した声に、は不思議そうにブレスレットとゼロスの顔を交互に見やる。―――しかし声とは裏腹にゼロスの表情は照れくさそうで、はそれ以上言葉に出来ずに口を噤んだ。

ブレスレットは、にとてもよく似合っていた。

普段自分を飾り立てたりしないは着ている物も何もかもがシンプルすぎるほどなのだけれど、だからこそゼロスのブレスレットがよく映える。

やっぱ俺様のセンスは最高だな〜と呟きつつ、ゼロスはの顔を見ずにそのまま横を素通りすると、呆然と立ち尽くしたままのを置いて歩き出した。

それに気付いて、は慌ててゼロスの後を追う。

「これって・・・もしかして手作り?」

左手首で揺れるブレスレットに目を落として、はポツリと呟く。

素材は確かに高級品ではあるけれど、お世辞にも細工はプロが施したとは思えないほど拙いもので。

そういえば自分がシルヴァラントに行く以前に、ゼロスがなにやらコソコソとしていたなぁと思い出す。

ゼロスが、自分の為に、慣れない作業をしてこれを作ってくれたのだろうか?

そう思うと、言い知れないほどの嬉しさが湧き出してくる。

「・・・・・・ありがとう」

先ほどと反対に自分の前を歩くゼロスの背中を見詰めて、消え入りそうなほど小さな声で呟いた。―――聞こえているかどうかは解らなかったけれど、きっと聞こえているだろうとは思う。

あの日、渡せなかったプレゼント。

現れた時と同じように突然自分の前から消えた

まるで幻だったのかと思えるような日々の中、それでも現実だと思えたのは今もゼロスのポケットに収まっている捨てられた手紙とブレスレットのおかげだった。

もう決しての手に渡ることなどないだろうと思っていたそれは今、持ち主の腕で淡い光を放っている。

「・・・どう致しまして」

ゼロスは向けられた礼の言葉に、小さな声で返事を返した。

聞こえているかどうかは解らないけれど、それでもの声が聞こえたようにきっと自分の声も聞こえているだろうとゼロスは思う。

兵士たちの足音が響く廊下は決して静かとは言えないけれど、それでも揺れる鎖の音が自分の耳にも聞こえてくるような気がしてゼロスは小さく微笑んだ。

それは、ただの贈り物。

何の変哲もない、ただのアクセサリー。

けれどもそれは、この世にたった一つの側にいるという約束を秘めた物。

漂う穏やかな空気を噛み締めながら、お互い無言でロイド達の待つ客間へと歩いて行った。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

ゼロス熱急上昇中。(私が)

もうすごい好きです、ゼロス。(ゼロスがゼロスじゃないというツッコミはなしの方向で)

もうなんか色々書きたい事が多くて、進み具合がかなりのろのろですが・・・。

それ以前に、余計な話入れすぎなんだよとかつっこんでみたり。

作成日 2004.11.11

更新日 2009.6.18

 

 

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