コレットを治すため、一行はサイバックを目指す。

人の命を糧として形となったエクスフィアの真相を聞かされたゼロスは、見た目は変わっていないように見えても、の目には普段と比べて少しだけ落ち着きがないように思えた。

誰だって思わぬ事実を聞かされれば、戸惑いだってする。

だからこそは特に何の声も掛けず、プレセアの手を引いて長い長いグランテセアラブリッジを歩き続けた。

とは言うものの、暗い気分が続かないのも彼らの長所の一つだろうか。―――終わりの見えない道のりを変わり映えのしない景色を眺めつつ歩いていたロイド達の顔に、とうとうウンザリとした色が浮かび始めた。

「なんか・・・無限回廊を歩いてるみたい・・・」

「嫌なたとえすんなよ〜、ガキんちょ」

ポツリと漏れたジーニアスの呟きに、疲れ果てたゼロスの声がその場に響いた。

 

二人の分岐

 

実際掛かった時間はさておき、気分的には長い時間を掛けて一行は漸くサイバックへと到着した。

メルトキオとは比べ物にならないほど小さい街ではあるけれど、やはりシルヴァラントでは見ることが出来ないほどの街並みでもあり、ロイド達ははしゃぐように街の中へと駆け込んでいく。

「此処に来るのも、久しぶりね」

「ああ・・・俺が学校卒業してからは、あんま用事ねぇもんな・・・」

街の入り口からぼんやりと中を見詰めて、何かを思い出すようにしみじみと呟く。

サイバックが他の街と違うところは、同じ服を着た人々が多いところだろう。―――テセアラ一の学問の都市であるサイバックには、各地から勉学のために多くの若者たちが集まっていた。

「おお〜い!なにやってんだよ!!こっち来てみろって!!」

何か面白いものでも見つけたのだろうか・・・。―――ロイドが両手を大きく振って、街の入り口に立つとゼロスに声を掛ける。

それに苦笑を浮かべつつも足を踏み出そうとしたは、しかし突如重くなった右手に気付き足を止めて振り返った。

「・・・プレセア?」

見ればプレセアがの手を強く引いて、その場に留まろうと足を踏みしめている。

表情はやはり変わらず無表情だったが、それでも微かに不安や恐怖の色が見え隠れしている事に気付いて、はプレセアと視線を合わせるように屈み込む。

「どうしたの、プレセア?」

「・・・・・・ここ、嫌いです」

よほどのことでもなければ言葉を発しないプレセアが、躊躇いがちにポツリと呟く。

それ自体にも驚いたが、その言葉の内容も驚くのに十分の威力を持っていた。

の手を強く握り締めて俯いてしまったプレセアを見詰め、は困ったように頭上のゼロスを見上げる。

その時になって漸くたちの様子がおかしい事に気付いたロイド達が、慌てて3人に駆け寄って来た。

「どうしたんだ!?」

「どうしたって・・・それが私にもさっぱり」

声を掛けてきたロイドに、はただ首を横に振って答える。―――そして安心させるようにプレセアの頭を優しく撫でた。

「よく解らないけれど、大丈夫よ。何があっても私が付いてるから。そんなに長居するつもりもないし、用が済んだら出来るだけ早くこの街を出るようにするし・・・ね?」

「・・・・・・」

「・・・それとも、私と2人で此処でみんなを待つ?」

「ええ!?来ないのか!?」

未だ決心がつかないプレセアにそう言ってみたが、それはプレセア本人からではなくロイドによって反論された。

「なに言ってんだよ、ロイド!プレセアの様子がおかしいっていうのに・・・」

そんなロイドにジーニアスが即言葉を返すが、その奥にやはりプレセアと一緒が良いという感情が見え隠れする幼い少年に、は思わず苦笑する。

一応コレットの症状の原因が何であり、そしてそれを治す為の方法を知っているは行動を共にして助言したいという思いもあったが、実際問題としてサイバックに来てしまえば問題の半分は片付いたも同然だった。

サイバックの研究院での研究内容もは知っていたし、そこでなら的確な処置の説明があるだろうという確信もあった。―――それよりも今は、原因は解らないが怯えを見せているプレセアの方が気にかかる。

だからこそ、此処で待つかと提案を出したのだけれど・・・。

「・・・・・・行きます」

少しの間迷っている風ではあったけれど、プレセアは長い沈黙の末にそう決断を下した。

その際一際強く握られた手に微かな震えを感じて、は安心させる為にプレセアの手を握る手に力を込めて応える。

「そうと決まれば、早く行きましょう。プレセアの事も気にかかるし、事を迅速に終えて早く此処を出るのが一番だわ」

そう言い行動を促すリフィルに、も頷いてプレセアの手を引いた。

 

 

ロビーのベンチに腰を下ろし、未だに緊張を緩めないプレセアを膝の上に乗せて、はぼんやりと天井を見上げる。

王立研究院には前以てゼロスからの連絡が届いていたようで、何の問題もなく中に入ることができた。

元々王家の許可がなければ部外者の立ち入りは禁じられている場所ではあったのだけれど、神子としてのゼロスの権限故か事は順調に運んだ。

コレットの症状の全ての原因は、彼女が身に付けるクルシスの輝石によるもので、他のエクスフィアの場合においても同様だけれど、要の紋がついていないため無機生命体であるエクスフィアに身体を乗っ取られているのが原因。

だからこそ解決策として、要の紋を取り付ければ問題はないように思われるのだが・・・。

は視線を天井から自分の胸元へ落とした。

そこに確かな存在を主張する石を見詰めて、溜息を零す。

それでは例えコレットが元に戻ったとしても応急処置程度でしかない事は、にはよく解っていた。

解ってはいたけれど、今はそれ以外方法がないことも事実。

だからこそコレットに感情を取り戻して欲しいと、必死で解決策を模索するロイド達にそれを告げることが出来なかった。

「・・・遅っせぇなぁ」

不意にポツリと漏れたゼロスの声に、その場にいた全員が顔を上げる。

「要の紋を彫ってるんだから・・・。そんなにすぐには出来ないよ」

「でもなぁ・・・暇っつーか」

「・・・・・・堪え性のないやつだな」

「・・・お前、ほんっと可愛くねぇな」

半目で睨み付けるゼロスの視線に、しかしジーニアスは怯んだ様子も見せずに軽く笑みさえ浮かべて見せた。

そんな2人の遣り取りを見て、が呆れたように口を開く。

「・・・なんだか貴方の方が子供みたいよ、ゼロス」

「ひっで〜!ちゃんってば俺様のこと愛してないわけ!?」

「・・・ふっ」

「・・・・・・だから鼻で笑うの止めろって」

肯定も否定もせずにただ笑みを浮かべるに、ゼロスががっくりと肩を落とした。

至極当たり前に繰り広げられる遣り取りに、やはりジーニアスとリフィルは困惑を隠し切れないけれど、それでもの楽しそうな顔に同じように笑みを浮かべる。

思えばがこんな風に笑ったところを見たのは、ゼロスと行動を共にしてからだ。

軽く自分の言葉を受け流すにゼロスが更に口を開こうとした瞬間、研究室へと続く大きなドアが開きそこから待ちわびたロイドが顔を覗かせた。

「遅くなってごめん!」

「ロイド!要の紋は出来たの!?」

「ああ、何とか・・・」

慌てて駆け寄るジーニアスにロイドは軽く笑って見せて、作り終えたばかりの要の紋を握っていた拳を開いて見せる。

ペンダント調に細工されたそれは、以前から約束していたコレットへの誕生日プレゼントも兼ねているらしい。

「コレット・・・すぐに元に戻してやるからな」

ロイドは不安を押し隠した声色でコレットに話し掛け、要の紋付きのペンダントをソッとコレットの首へと掛けた。

元に戻るか戻らないかは、最早賭けだ。

確かにロイドはドワーフに育てられその細工の技術を身に付けたとは言っても、当たり前だが彼はドワーフではない。

はロイドが完璧な要の紋を作れるとは思っていなかったし、チラリと見えた要の紋は一応形にはなっているものの効力が得られるかどうかは怪しいところだ。

例えコレットに与えた要の紋の出来がよくなくとも、それはロイドのせいでは決してない。

そう簡単にドワーフの技術を身に付けられるのならば、とっくにその製法が世界に広まっていても可笑しくはないのだから。

「・・・コレット?」

身動きせずに立つコレットの顔を、ロイドが窺うように覗き込んだ。

しかしその声に返事は返ってこない。―――ロイド手製の要の紋をつけた後も、コレットの症状には何の変化も見られなかった。

「・・・・・・」

ロイドとジーニアスは、変わらない現状に言葉もなく立ち尽くす。

リフィルの諦め混じりの溜息が、その場に零れ落ちた。

「・・・・・・駄目、か」

ベンチに座ったまま状況を見守っていたが、ポツリと言葉を漏らす。

もしかしたらと思ってはいたのだけれど・・・現実はそう甘くないらしい。

ともかくロイドの作った要の紋で現状が変わらないと解った今、彼に残された道はかなり少なくなった。

本当ならばドワーフに要の紋を作ってもらえれば一番なのだが、テセアラにドワーフの存在があるのかどうかも定かではない。―――ドワーフのほとんどは、今両世界には存在していないのだから。

唯一居場所もその腕前もはっきりとしているドワーフと言えば・・・。

「そうだ。親父に聞きに行こう!コレットの要の紋も、親父なら作れるはずだし・・・」

全員の心の声を代弁するように、ロイドが声を上げた。

ロイドの養父はドワーフ。―――その事実は、も話からは知っていたけれど。

チラリと横目でゼロスの様子を窺う。

監視役のゼロスがどういう行動に出るか・・・とが心の中だけで思案していると、それに応じるかのようにゼロスもロイドと同じく声を上げた。

「おいおい、ちょっと待てよ!お前らは今監視されてんだぜ?俺様がそう簡単にシルヴァラントに帰すと思ってんのかよ!」

「それならゼロスもついてくれば良いだろ?監視役としてさ」

サラリと言い返され、ゼロスは思わず口を噤む。

確かに正論かもしれない。―――正論かもしれないが、果たしてそれは本来の監視役としての行動と一致するのだろうか。

一緒にシルヴァラントへ行き、世界再生が成されないよう監視する。

王からシルヴァラントへ行ってはいけないとはっきりと言われたわけではないから言い訳は立つのかもしれないけれど、常識的に考えてやはりそれは許される事ではないだろう。

「それよりも・・・問題はどうやってシルヴァラントへ帰るかだよな・・・」

言葉を濁して迷うゼロスに、ロイドは畳み掛けるように言葉を続けた。

既に話題は次へと移っており、今更反論をする気も失せたのか、ゼロスは大きく溜息を一つ零して、楽しそうに自分を見上げるを恨めしげに見下ろす。

「お前・・・こうなるって事、解ってたんじゃねーの?」

「・・・さぁね」

意味ありげに笑みを零して答えるに、ゼロスが呆れたような視線を向けたその時。

バタンと大きな物音と共に煩いほどの鎧の鳴る音が響いて、全員が気付いたその時には既に数人の兵士たちに囲まれていた。

「なっ!!」

短く声を上げるロイドに、隊長と思われる人物が一歩前に出て低い声色で口を開く。

「王家への反逆の罪により、貴様たちを捕らえろと命令が下された。大人しくしろ」

「・・・はぁ!?」

突然言い渡された言葉に、全員が呆気に取られて呆然と男を見返す。

「おいおい・・・一体何だってんだよ」

「貴方も神子という立場にありながら、反逆を企てるなど・・・愚かな」

咄嗟に口を開いたゼロスに冷たい視線を向けて、兵士は感情の篭らない声でそう告げた。

何がなんだか現状を把握出来ていないロイド達を見て、は静かに口を開く。

「教皇騎士団ね」

ポツリと短く発せられた言葉に、ゼロスはなるほどと頷き意地の悪い笑みを浮かべた。

「・・・ずいぶんと手際が良いことで」

「捕らえろ」

ゼロスの揶揄も無視して、兵士が一斉にロイド達を拘束する。

抵抗しようと身をもがくけれど、それはあっさりと捻じ伏せられてしまう。

すっかり拘束された一行は、再び何かを指示した兵士に今度は何だという視線を向けた。

するとそれには答える気があるのか、兵士はチラリとロイドを見て言葉を発する。

「この中にハーフエルフがいないかを確認する」

「・・・ハーフエルフ?」

「ハーフエルフはこの世界で最下層に位置する者たちだ。ハーフエルフの罪人は、罪が何であれ処刑と決まっている」

兵士の声に、ジーニアスがビクリと肩を震わせた。

それをしっかりと目撃してしまったは、兵士に後ろ手を拘束されたままひっそりと溜息を漏らす。

「隊長!こいつらハーフエルフです!」

検査をしていた兵士の1人が、ジーニアスとリフィルを指して声を上げた。

それにロイドが反論するけれど、検査の結果に間違いはない。

リフィルとジーニアスはロイドに自分たちはエルフだと偽っていたようだが、検査だけは偽る事など出来ないのだ。

そう・・・それが誰であろうとも。

は自分の検査をしている兵士を無言で見上げる。―――その表情が驚愕に歪められていくのを見て、はなんだか笑いたくなった。

徹底的に自分たちとは違う者を迫害しようとする人間。

それはどれほどの時が流れたとしても、変わることはないのだと。

「隊長!こいつも・・・殿も!!」

「・・・なんだと!?」

響く声をまるで他人事のように聞き流しながら、は静かに目を伏せた。

兵士たちだけでなく、ロイド達の驚きの声までもが耳に届く。

顔を上げたくなかった。―――すぐ側に立つゼロスの顔を、見たくなかった。

他の誰に何を言われても我慢できる。

しかしゼロスにだけは、蔑みの言葉など向けられたくはない。―――それは予想していた事であり覚悟していたつもりではあったけれど、いざその場面になれば言い尽くせないほどの不安に襲われてしまう事も事実。

俯いたの視界に、無表情で自分を見上げるプレセアが映った。

そこには蔑みも同情も何もない。

ただ心配げな・・・不安そうな色が浮き出ている。

「・・・ごめんね、プレセア。一緒にいてあげるって言ったのに・・・」

こそりと呟いた言葉に、プレセアは小さく首を横に振る。

何かに対して怯えている少女を残して行かなければならないことが、気がかりだった。

頭を撫でてやりたかったけれど、生憎と腕を拘束されているのでそれは叶わない。

だからせめてと、は今自分が出来る一番穏やかだろう笑みを浮かべた。

もしかしたらそれは悲しみに満ちていたかもしれないけれど、プレセアの表情からそれを確認する事は出来ない。

「・・・が・・・・・・ハーフエルフ?」

ポツリと零れ落ちたゼロスの声に、は自嘲の笑みを浮かべる。

強く腕を引っ張られ連行される刹那、チラリと見たゼロスの顔は驚愕に歪められていて。

そこに戸惑いはあったけれど、侮蔑の感情がなかったことに心底安堵する。

呆然と立ち尽くすゼロスらを置いて、・リフィル・ジーニアスの3人は王立研究院から連れ出された。

「・・・・・・」

「・・・ジーニアス」

不安に身を震わせるジーニアスにこっそりと声を掛けて、大丈夫だと声には出さず口の動きだけでそれを伝える。

大人しく処刑されるつもりは、にはさらさらなかった。

それを回避するだけの力も当然持ち合わせている。―――リフィルとジーニアスも無事にロイドの元へ帰してやろう。

ロイドならば2人が何であれ、拒絶する事はないと知っていたから。

けれどには、自分も2人と共に戻る気はなかった。

確かにロイドはも受け入れるだろう。

けれどが本当に受け入れて欲しいのは、ロイドではなく・・・。

それを望む事がどれほど難しい事なのかを、は知っている。

幼い頃より刷り込まれた思想は、そう簡単に消し去れるものではないから。

「・・・・・・大丈夫」

ポツリと、自身に言い聞かせるように呟く。

失う事には慣れてるもの、と。

覚悟はしていた。

こんな形で訪れるとは思っていなかったが、それでもいつかは来るだろう別れの瞬間はいつでも心にあった。―――それが今、唐突に訪れただけだ。

悲しいなど、思うはずもない。

これは予想された結末なのだから・・・。

繰り返し繰り返し、心の中で呟き続ける。

先ほどまでの目に宿っていた光が、漆黒の闇に飲み込まれて消えた。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

うわ〜・・・暗い。(どうコメントして良いやら)

最初はこんな展開にするつもりはなかったんですけども。

でもまぁ、丁度良いかな〜なんて・・・。(笑)

なんか展開がどう見てもゼロス夢に向かってるような・・・。(だってクラトス出てこないし)

なんにしても、プレセアラブ!です。(そこか)

作成日 2004.11.14

更新日 2009.10.25

 

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