教皇騎士団に連行され、つい先ほど渡りきったばかりのグランテセアラブリッジを、今度はメルトキオに向けて歩くとリフィルとジーニアス。

他に通る人の姿もなく、ただ3人の足音と騎士たちの鎧の音がその場に響く。

がチラリと横を歩くジーニアスの様子を窺えば、そこに浮かんでいる表情は悲痛そのもので・・・それもまぁ、今置かれている状況を考えれば当然なのだけれど。

そのままジーニアスから、橋の向こう側に見える景色に視線を移す。

歩く速度と同じようにゆっくりと流れていく景色に、は小さく笑みを浮かべた。

「まるで・・・無限回廊を歩いてるみたい」

最初に此処を通った時にジーニアスが漏らしたセリフと同じものを口にする。

何処まで行っても終わらない道。

何度も何度も繰り返される、ハーフエルフに対する迫害。

まさに無限回廊そのものだと、は心の中で自嘲する。

の呟きに、返事は返って来なかった。

 

ひとつの終わりと、ひとつの始まり

 

「ずいぶんと落ち着いているのね」

延々と歩き続け漸く橋の終わりが見えてきた頃、今までずっと口を噤んできたリフィルが唐突にそう口を開いた。

視線を向けるとリフィルはの方を見てはおらず、ただ何かを耐えるようにじっと自分の足元を睨みつけている。

それをぼんやりと眺めながら、はリフィルから向けられた問い掛けに言葉とは言えないような呟きを返して、その後そうかもねと笑みを零した。

「何故、はそんなに落ち着いていられるのかしら?」

「そう言うリフィルだって、ずいぶん落ち着いてるように見えるけれど?」

即座に返された言葉に、リフィルは苦笑いを浮かべる。

「・・・そんなもの、強がりにしか過ぎないわ。私だって・・・不安を感じていてよ」

躊躇いがちに吐き出された言葉に、は驚いたように軽く目を見張った。

いつも気丈に振る舞い弱音など吐いたことのないリフィルが、今にその弱音を吐いている。―――それだけ不安が強いということだろうか。

確かにこれから処刑されると知らされていて、何も思わない方が可笑しい。

「私だって、全く平気って訳じゃないわ。でもまぁ・・・皮肉にもこういう展開には慣れているからね」

少し重くなった空気を振り払うように、は極力明るい口調でそう言った。

ハーフエルフとして生きていくのは、この世界ではとても難しい。

勿論それはハーフエルフとして生まれついてしまった自分の運命なのだろうけども、それを受け入れるには並大抵の決意では出来ない。

リフィルもジーニアスも人としてもハーフエルフとしてもまだまだ若い。―――そんな2人が簡単に受け入れられるような現実ではない事も、は知っていた。

「慣れてる・・・か」

とリフィルの会話を聞いていたジーニアスが、淋しげな口調で呟く。

それに何のコメントも返すことも出来ずに、はただ誤魔化すように微笑んだ。

慣れている事と、平気だという事は全くの別問題だ。

例えどれほど経験を積み重ねても、その度に心は痛む。―――特に今回は、それにプラスされる感情もあるのだから。

「姉さんの言葉じゃないけど・・・は驚かないんだね。ボクたちがハーフエルフだっていう事にも、自分がハーフエルフだっていう事にも・・・」

ジーニアスがポツリと漏らした言葉に、騎士の1人が煩いぞと声を荒げた。

それに素っ気無く謝罪を返して、は静かにジーニアスを見下ろす。

「だって・・・知っていたもの」

「・・・知ってた?」

「ええ。貴方たちがハーフエルフだって事も、私がハーフエルフだって事も。同族の気配は簡単に読めるからね」

いくらロイド達は騙せても、同族には誤魔化しきることは出来ない。

自分がそれを察していたように、ジーニアスにもまたが同族であるという事はわかっていた筈だ。

の言葉に、リフィルは小さく溜息を零す。

「やはり・・・貴女は記憶を取り戻していたのね」

本当に小さく呟かれたその言葉は、それでもしっかりとの耳に届いていた。

「・・・やっぱり?」

その確信めいた言葉に、は首を傾げる。

記憶を取り戻してから、それに関する会話はなかったはずだ。―――故意に隠していたというわけではないけれど、気付かれるようなヘマをした覚えもない。

「貴女・・・サイバックについた時言ったでしょう?『此処に来るのも久しぶり』と」

「・・・確かに言ったけど」

「少し疑問に思ってゼロスに確認してみたの。ゼロスの言葉によると、彼がサイバックの学校に通っていたのは19歳の頃まで。その頃はまだ貴女の記憶も失われていなかった筈だと・・・」

淡々と紡がれる言葉に、は苦笑して肩を竦めて見せる。

「・・・さすがだね、リフィル。別に隠してたわけじゃないんだけど・・・何となく言う機会がなかったっていうか・・・」

「・・・・・・そう」

返って来たのは短い返事。

再び落ちた沈黙に居心地の悪さを感じて、は拘束された手を微かに捻る。

きつく結ばれた結び目が腕に当たり、痺れるような痛みを感じた。

「ほら、さっさと歩け!」

騎士に促され、突き飛ばされて前のめりながら足を踏み出す。

メルトキオ方面の橋の入り口には、迎えに来ただろう数名の騎士の姿があった。

逃げ出すのならばそろそろ行動に移らなくてはならないと、が強く拳を握り締めたその時、背後から数人の足音と怒鳴り声が聞こえて何気なくそちらを振り返る。

そこにはサイバックで別れ、拘束されているはずのロイド達の姿があった。

何故か先ほどまではいなかったしいなの姿もある。―――大方異変を察知して駆けつけたしいなに救われたのだろうとは思う。

「・・・ロイド!」

ジーニアスが悲痛な声でロイドの名前を叫んだ。

それと同時に、ロイド達の行く手を阻むように巨大な跳ね橋が上がり始める。

あの速度では間に合わないだろうと冷静に思うが、しかしロイドは気にする事無く数メートル離れてしまった橋に向かい、無謀にもジャンプした。

それに習うようにして他の面々も跳ぶ。―――が、当然といえば当然だが人の足のジャンプでは到底辿り着くことなどできず、ロイド達の姿は橋の下へと消えていった。

「ロイド!みんな!!」

咄嗟に駆け出そうとしたジーニアスが、騎士に押さえつけられる。

同じようにジャンプしたコレットは、しかし自身の背中に存在する羽の力を借りて難なくたちの側に着地した。

その直後、ロイド達が消えた場所から巨大な水柱が立ち上り、落ちた筈のロイド達がそれに吹き飛ばされるようにこちらに向かって落下してくる。

ああ、ウンディーネの力を使ったんだなと、かつて自らの身に襲い掛かったものと同じ水柱を見上げてはぼんやりと思った。

「うわぁ!!」

「いてぇ〜!!」

「未知生命体の力により、無事着地」

叩き付けられるように降って来たロイドとゼロスの後から、優雅に着地したプレセアがポツリとそう呟く。

突然の奇襲に呆気に取られている騎士たちを尻目に、ロイドはジーニアスに駆け寄り後ろで結ばれている縄を解いた。―――同じようにとリフィルの縄も解かれて、縄が擦れて痛む手首をさすりながらも簡単な礼を告げる。

「お前ら!何をする!!」

それに気付いた騎士が、抜刀してロイド達に襲い掛かった。

騎士たちの意識が完全にロイド達に向けられた事を察して、はこっそりとその場から離れると、自らも抜刀して罪人の引渡しに出向いてきた数人の騎士たちに向かいその剣を振り下ろす。

強さは一目瞭然だった。

難なくその場にいた騎士たちを全て倒し、ロイドは気まずさに俯くジーニアスに何時もと変わらない様子で声を掛ける。

思っていた通り、ロイドにはジーニアスがなんであれ関係ないようだった。―――例えハーフエルフだと聞かされても、そこに存在する感情は変わらないのだと。

その光景を、はぼんやりとただ見詰めていた。

かつて自分の身にもあった、懐かしさを思い出させる光景。

例え自分がハーフエルフでも、それでも構わないといってくれた人の姿。

今ではもう失ってしまったその関係は、今ロイドとジーニアスたちの間で新たに結ばれようとしている。

それを微笑ましいような・・・羨ましいような感情を抱きながら見詰めていたは、しかしすぐに現状を思い出して抜いたままの剣を鞘に収める。

早く此処から立ち去らなくては。

気付かれる前に・・・声を掛けられる前に。

知られてしまえば全ては終わる。―――それは不本意ながらも自身が決めた事だ。

無理に受け入れてもらおうなどとは思っていないし、それをしてもらっても嬉しくない事も確かだ。

気配を殺して踵を返したは、背後で繰り広げられる温かな光景に後ろ髪を引かれる思いで足を踏み出す。

「・・・!?」

けれどそんなの行動は、手を掴まれるという行為で阻まれた。

弾かれるように振り返ると、プレセアが無言で自分の右手を握り締めている。

「・・・プレセア」

「・・・・・・」

「・・・・・・離して、プレセア」

諭すような声色でそう告げるけれど、プレセアはただユルユルと首を横に振るだけで、手を握る力は更に強められた。

向けられる視線に強い意志を感じとって、は動けなくなる。

「・・・?何処に行くつもりなんだ!?」

そんな2人の遣り取りに漸く気付いたロイドが、慌てて駆け寄りそう声を上げた。

それに釣られて全員がとプレセアの側に集まり、図らずも囲まれてしまう。

「・・・私は」

も一緒に行こう!がハーフエルフでも、俺たちは気にしない!!」

言葉を発しかけたを、しかしロイドが遮るように口を開く。

まるで何を言うつもりなのか解っていたとでも言うようなタイミングの良さに、はただ苦笑を浮かべる。

「そうさ。だろ?ハーフエルフだとか人間だとか関係ないさ!あたしは今までに何度も助けてもらったし、のこと・・・その、友だちだと思ってるから・・・さっ!!」

ロイドに続いてしいながに向かいそう言った。―――最後の方は頬を赤く染めて、照れ隠しなのかバシバシとの背中を叩きながら呟く。

「・・・・・・

気が付くとジーニアスが心細そうに、空いている方のの手を握って名前を呼んだ。

両手をプレセアとジーニアスに優しく拘束され、は何も言えずにただ微笑む。

外見は全く似ていないというのに・・・―――それなのに不意に見せる動作や眼差しが、ある人物にとても似ている事に気付いて、ただでさえ振り払えそうにないジーニアスの手を黙って受け入れる自分がいることに気付いた。

「・・・

再び名前を呼ばれて、の心臓が微かに跳ねる。

聞き慣れたその声から紡がれる自分の名前に、しかしは顔を上げることが出来ない。

今彼がどんな表情を浮かべているのかなど、知りたくなかった。

一向に顔を上げないに、しかしゼロスはそのまま言葉を続ける。

「・・・俺様は・・・ロイド達みてぇにそう簡単に割り切る事なんて出来ねぇ。だってそうだろ?生まれた時からそういう教育をされて来たんだし・・・」

気まずさからか、言い訳めいた言葉を口にして・・・―――それに対する気まずさにゼロスは視線を足元に落とす。

「でもよ・・・」

搾り出すように呟いて、ゼロスは強く拳を握り締めた。

このままでは駄目だと、ゼロスの中で警鐘が鳴る。

このままでは、今度こそ本当には自分の側から去っていってしまうと。

もう二度と現れることはないだろう。―――そう確信があった。

「リフィル様に聞いた。お前・・・記憶が戻ってるんだってな」

話を擦り変えるように、ゼロスはサイバックでのリフィルとの会話を思い出す。

確証できるものは何もないけれど、きっとの記憶は戻っていると告げられて、ならば何故それを黙っていたのかと不思議に思っていた。

尋ねようとも思ったけれど、が何も言わないのならば何か理由があるのだろうしそれほど急ぐ必要もないかと考えていたが、まさかこんな展開になるとは思ってもいなかった。

記憶が戻っていたという事実に驚きの声を上げるしいなをそのままに、ゼロスは再び重くなった口を開く。

「お前・・・昔、まだ記憶喪失になる前に・・・俺に言ったよな」

「・・・何を?」

ゼロスの言いたい事を察して、は笑みさえ浮かべて返事を返した。

「あの・・・メルトキオに雪が降った日。―――俺がいつかお前を憎むかもしれねぇって。いつかお前の存在を、疎ましく思うかもしれねぇって。どういう意味なのかと思ってたけど・・・それってこの事だったんだろ?」

顔を上げ問うゼロスに、しかしは尚も顔を上げずに・・・更には返事さえも返さずにただ笑みを浮かべる。

本当は、それだけではないのだけれど・・・―――そう心の中で呟くが、それを口に出すつもりは毛頭なかった。

チャリと、ジーニアスに握られた手で微かに鎖が鳴る。

つい先日、ゼロスから貰ったブレスレット。

自分にはもう、これだけで十分だから。

無理に受け入れようとしてくれなくとも、それだけで良いから・・・―――だからもうこれ以上、苦しまないでと心の中で懇願する。

そんなの願いを振り払うように、ゼロスがの左手を取った。

手を奪い去られた筈のジーニアスは、何も言わない。

普段ならば絶対に食いつくだろう筈の少年も、ゼロスから発せられる雰囲気にか大人しく口を噤んでいた。

「・・・確かに俺はまだ、ハーフエルフを完全に受け入れる事なんて出来ねぇ」

向けられる正直な言葉に、ただ笑みが零れた。

普段ならば色々な言葉を取り繕って上手く相手を丸め込むゼロスが取る行動とは思えなくて、それを向けられているのが自分なのかと思うとくすぐったい。

「でも、俺様はのことは気に入ってるし・・・。なんつーの?ロイド君やしいなの言葉を借りるなら、今更んなのカンケーねぇっていうか・・・」

先ほどまでの暗い声色とは一変して、普段通りの明るい砕けた口調で呟く。

それさえもまだ無理しているのだという事は長くゼロスの側にいたにはよく解っていたけれど・・・―――それでも彼の言う言葉が偽りではない事も長く共にいたにはよく解っていて。

俯いていた顔をゆっくりと上げて、ゼロスの顔を見詰める。

そこにあったのは、侮蔑でも同情でもなく・・・何時もの柔らかな笑顔。

どうしてだろう。

どうして、偽りだらけの自分をこんな風に受け入れてくれるのだろう。

それに嬉しさを感じて、同時に罪悪感も感じる。

そして生まれた感情は、目の前の青年にただ幸せになって欲しいという想い。

「・・・ありがとう、ゼロス」

簡単な返事を返して、自分の左手を取るゼロスの手を握り締める。

絶対に、守って見せるから。

何があっても・・・例えこの身が消えたとしても、絶対に守って見せるから。

「どーいたしまして!」

ゼロスの明るい声には思わず泣きたくなって、けれどそんな顔を見られたくなどなかったから、まるで頭突きをするようにゼロスの胸に頭を押し当てた。

「痛っ!つーか、もっと優しくしてくれよ、ちゃん。色気ねーなぁ・・・」

「・・・煩い」

照れ隠しのその行動さえも読まれていて少し悔しくはあったけれど、感じる穏やかな雰囲気が心地良かったから、軽く悪態を付くだけにしておく。

ポンポンと宥めるように頭を撫でられる感触に、はそっと目を閉じた。

 

 

その後、我に返った2人はジーニアスたちに散々からかわれる事になるのだけれど。

それはまた、別の話。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

くさっ!

なんか一昔前の少女漫画風な展開に、思わず書きながら突っ込みをいれてしまいました。

段々ゼロスの口調とか怪しくなってきてるんですが・・・。(笑)

もっとゼロスらしい話を書きたいと思いつつ、やっぱりこういう展開になってしまいます。

作成日 2004.11.14

更新日 2010.2.7

 

 

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