全ての灯りが消えた、薄暗い室内。

薄いカーテン越しに差し込む淡い月の光が、完全な闇の色を少しだけ和らげている。

全ての生き物が眠りにつき、静寂に支配されたそこに。

何の違和感も無く、まるで空気に溶け込むようにして漂う1つの気配。

その姿を目に留め、無意識に気配と足音を殺してゆるりと円を描くような階段をゆっくりと降りる。

「・・・・・・ゼロス」

透明感のある涼しげな声色が、影の名を呼んだ。

 

せなじかん

 

何とか教皇騎士たちに見つからないよう、サイバックへと行く方法が無いか?

その手段を求めて精霊研究所に向かったロイド達は、そこの研究員たちにエレメンタルカーゴを使ってはどうかと提案された。

ロイド達シルヴァラント組には、エレメンタルカーゴという物がどういう物なのかは解らなかったけれど、それしか方法が無いだろう事だけは察する事が出来、本来ならば陸上仕様のそれを、海の上でも使えるように改造してやると申し出てくれた研究員たちの言葉に素直に甘える事にする。

出来るだけ早く調整を済ませるので翌朝まで待って欲しいと言われ、一行はその言葉に従い精霊研究所を後にした。

明朝まで時間が出来、しかし指名手配されている身の為あまりその辺をウロウロとするわけにはいかないというリフィルの言葉に(ロイドは闘技場に行きたいと提案した)渋々納得せざるを得ず、とりあえずその辺の宿で部屋でも取ろうかと話し合っていた矢先、ゼロスが自分の家を提供してくれるという話に、ロイド達は貴族街にあるというゼロスの家を目指した。

立ち並ぶ大きな屋敷を目の当りにしながら、言葉もなく歩き続けるロイド達シルヴァラント組に、彼らを先導していたゼロスがピタリと足を止める。

「ここが俺様ん家だ」

言われた言葉に引かれて、ロイド達はゼロスが指し示す屋敷を見上げた。

他の屋敷と比べて格段に大きい。―――豪華な装飾が成されているが、その一つ一つが上品であり嫌味を感じさせない。

まさかこんな所に案内されるとは思ってもいなかったロイドは、ただ呆然と屋敷とゼロスの顔を交互に見詰める。

そういえば・・・と、以前が言っていたゼロスに関する言葉を思い出す。

「俺・・・ゼロスがお坊ちゃんなんだって、今実感したよ」

「・・・ホントに」

そびえ立つワイルダー家を見上げて、ロイドとジーニアスがポツリと呟いた。

 

 

「お帰りなさいませ、ゼロス様」

重厚な扉を押し開けると、ゼロスの帰還を察していたのか、ワイルダー家の執事であるセバスチャンが扉の前に立っていた。

「おう、帰ったぞ〜」

それに普段通りの様子で家の中に入ったゼロスは、戸口で立ち竦むロイド達を振り返ってニヤリと笑う。

「なにやってんだよ。早く入って来いって!」

「あ・・・ああ」

促されて屋敷の中に足を踏み入れる。

床に敷かれた絨毯は、足音がしないほど厚く弾力があった。

今までの生活からは縁が無かった(そしてシルヴァラントでは有り得なかった)目の前の光景に、ロイドは落ち着き無くそわそわと辺りを見回す。

パルマコスタで会ったドア総督の執務室もすごいと思ったが、ここはそれ以上・・・―――さすが繁栄世界とでも言うべきか。

「ま、てけとーに寛いでくれや。明日の朝までは自由なんだろ?」

「ああ、うん。そうだけど・・・」

セバスチャンに勧められるままにソファーに腰を下ろしたロイドは、そのソファーもふかふかなのに気付いて、緊張のあまり身体を強張らせる。

確かに心地良い質感ではあるのだけれど、豪華すぎて却って落ち着かない。

様も、お帰りなさいませ」

落ち着き無くキョロキョロと部屋の中を見回していたロイドの耳に、セバスチャンの落ち着き払った声が聞こえ、最後にプレセアの手を引いて屋敷に入ってきたに視線を向ける。

に対する『お帰りなさい』という言葉の意味が気になったが、それ以上にが今浮かべている困ったような顔が更に気になった。

「・・・・・・ただいま」

たっぷりと間を空けて、言い辛そうに口ごもりながらも返事を返す。

「まさかこんな風にまた再会するとは思ってもいなかったけれど・・・」

「私もです」

キッパリと簡潔に返された答えに、は苦笑を浮かべた。

「この間はごめんなさいね。あんな方法を取っちゃって・・・」

「いいえ。ゼロス様から大体のお話は伺っております。様がお謝りになる必要はないのです。今、ゼロス様と共にいるという事実だけで、私は十分ですから」

そう言って優しい笑顔を浮かべるセバスチャンに、もホッとしたような笑みを浮かべる。

話の内容が読めなかったけれど、2人の間に漂う空気は何よりも穏やかで、ロイドの緊張した身体も少し解れた気がした。

セバスチャンは心から安心したような穏やかな顔でロイド達に向き直り、すぐに執事としての顔に戻ると丁寧な口調で口を開く。

「お部屋の方はただいま準備させております。ゼロス様と様のお部屋は、いつでも使えるようになっておりますので・・・」

「え!?の部屋って、もここに住んでるのか!?」

セバスチャンの言葉に軽い調子で了承を示すゼロスの声を遮って、ロイドが思わず声を上げた。―――確かにゼロスの護衛だとは聞いていたけれど、まさか一緒に住んでいるとは思わなかったのだ。

どうりでも『お帰りなさい』と迎えられるわけだと、先ほどの微かな疑問が呆気なく解消される。

「そうよ。まぁ、まだ私の部屋が残されてるとは思ってもいなかったけれど・・・」

「撤去する理由がございませんので」

の苦笑交じりの呟きに、セバスチャンがキッパリとした口調で告げる。

それはが帰ってくると確信していたのか・・・、それともの部屋くらい残しておいても支障が無いほど屋敷が広いからなのか。

声色からは判断が難しかったけれど、はまぁどちらでも構わないかと思い直す。

は立ったままロイド達を見詰めた。

屋敷に入ったばかりの頃は緊張でガチガチになっていたが、数分の間に大分この状況にも慣れたようだ。―――なんて順応能力に優れているのかと思わず感心するが、ともかくもこれなら自分がこの場から離れても問題はないだろうと思った。

「それじゃ、私は少し休ませて貰うわ。プレセアは私と同じ部屋で良いから」

そのままプレセアの手を引いて、階段に足を掛ける。

身体的にはそれほど疲労は感じていないけれど、記憶を取り戻してから今までロクに考える時間も出来なかった為、自らの身に起こった事をゆっくりと整理したいと思ったのだ。

「ああ、あたしもと同じ部屋で良いよ。こんな広い屋敷で1人部屋なんて落ち着かないからね」

すぐにしいなも言葉を付け加えて、階段を上がるの後に続く。

そういえばメルトキオで一時別れ、そしてグランテセアラブリッジで再会して以来、落ち着いて話もしていなかった事を思い出す。

シルヴァラントにいた頃から比べれば、ずいぶんと久しぶりのような気がした。

軽く談笑しながら階段を上がり、既に馴染んだ廊下を進みある部屋の前で立ち止まる。

一呼吸置いてからドアノブに手を伸ばし押し開けると、目に映ったのは見慣れた景色。

「・・・本当にそのまま置いてあるのね」

思わずポツリと呟いて、部屋の中に足を踏み入れた。

ベットも本棚も・・・そこに収められている本も何もかもが、がワイルダー家を去る前と変わらない。

埃一つ無く、まるで今も誰かが当たり前のようにこの部屋を使っているような生活感さえ漂っている。

「ほらね。だから言っただろう?」

の呟きを聞きとめて、しいなは自慢気に笑った。

絶対にゼロスはを待っていると、既に何もかもを失ったと思っていたに口癖のように言い聞かせていたしいな。

その言葉を嬉しく思いながらも心のどこかで信じきれていなかったが、しかししいなの言う通り、こうして何も変わっていない。

まるで自分が受け入れられているようで・・・―――必要とされているようで、はくすぐったいような嬉しさを感じた。

「はぁ、疲れた・・・」

部屋の真中で立ち尽くすをそのままに、しいなが息をついてベットにダイブし、プレセアも無言のまま、大人しく椅子に座ってぼんやりと部屋の中を見回している。

自分が必要以上に気を張っていたことに気付いたは、小さく息を吐き出してしいなが寝転がるベットの端に腰を下ろした。

腰に差していた剣を外し壁に立てかけ大きく伸びをすると、少しだけすっきりとした気分になった気がする。

そんなの行動の一部始終を見ていたしいなは、ゆっくりとベットから起き上がり、何気ない様子でプレセアに視線を向けたまま口を開く。

「あの子・・・ホントに大人しいね」

壁に背を預け足を投げ出すようにして座り込み、ポツリと感情の見えない声色で呟く。

それに反応して、も同じようにプレセアに視線を向けた。

2人に見詰められているプレセアは、そんな事には気付いていないのか・・・―――ただ無表情でジッと床を見詰めている。

「大人しい・・・とは、少し違うと思うわ」

「・・・どういう意味だい?」

少しの沈黙の後、が真剣な声色で漏らした言葉に、しいなは視線をに向ける。

それには答えず、は少しだけ目を細めてプレセアの胸元を見詰める。

「あの子は、被害者なのよ」

短く告げられた言葉に、しいなは王立研究院で聞いたプレセアに関する話を思い出す。

状況が状況で、内容が内容だけにあまりよくは覚えていないのだけれど・・・―――それでもの言う『被害者』の言葉の意味だけは理解できた。

しいなは視線をプレセアに戻すと、大きく溜息を吐き出す。

沈黙が落ちた部屋の中、やけにその音が大きく聞こえた気がした。

「ディザイアンは・・・クルシスは何で、エクスフィアなんて作ってるんだろうねぇ」

ポツリと漏れた呟きには少しだけ身体を強張らせたけれど、幸か不幸かしいなはそれに気付かない。

「・・・どうして、か」

溜息に混じって吐き出された短い言葉が部屋に響き、それに引かれるように床を見詰めていたプレセアがに視線を向ける。

感情の宿らない瞳。

けれどまるで心の中を見透かすのではないかと思うほど、綺麗で澄んだ色。

その視線に耐え切れず、はプレセアから目を逸らして天井を仰ぎ見る。

「・・・・・・どうしてなんだろうね」

それに関わっているという罪悪感と、そして知られてしまう事への恐怖心。

複雑な感情を心の奥に隠して、はただそれだけを返した。

 

 

薄暗い室内で、はベットに横になりぼんやりと天井を見詰めていた。

既に時刻は真夜中を過ぎ、1人では広すぎるベットにはしいなとプレセアがすやすやと穏やかな寝息を立てている。

は2人を起さないようにベットから抜け出すと、椅子に掛けておいた上着を羽織り部屋を出た。

別に眠らなくとも支障は無いが、部屋にいれば何時2人を起こしてしまわないとも限らない。

だからリビングで夜を明かそうと、緩やかにカーブを描く階段をゆっくりと降りていく。

その途中で、何か気配を感じた気がした。―――その場に違和感の無い、薄い気配。

反射的に気配と足音を殺して、階段をゆっくりと降りる。

ありがたいことに、床に敷かれた絨毯は厚く、足音を殺すのは造作も無いことだった。

窓から薄いカーテン越しに差し込む淡い月の光が、暗い室内を微かに照らす。

何時もと変わらないはずのそこに、暗闇の中に浮かび上がる赤毛を見つけた。

「・・・ゼロス?」

訝しげに声を掛ければ、赤毛の青年はゆっくりと視界を巡らせ、階段の中ほどに立つを見つけやんわりと微笑む。

「な〜にやってんの、こんな時間に」

「それは私のセリフよ。こんな時間に何をやってるの?」

「質問に質問で返すなよ」

「それも、お互い様でしょ」

キッパリと言い切り、完全に階段を降り切って身体を投げ出すようにソファーに座り込む。

そのソファーの背中越しに、ゼロスは何処からか持ってきた椅子に座っていた。

ゼロスはがソファーに座ったのを見て、再び視線を前に戻す。―――その先には大きな肖像画が一枚、掛かっていた。

綺麗で優しそうな女性。

はその女性に会った事はないけれど、それが誰なのかは知っていた。

「・・・屋敷離れてそんな経ってねぇのに、なんかすげー久しぶりな気がしてさ」

「それでこんな夜中に1人でこっそりと、肖像画を眺めてたの?」

「ま、そういうこった。んで、は?」

「ただ眠れないから、気分転換にね」

何が可笑しいのかくつくつと笑うゼロスに、正直に答える。―――眠れない理由まで話す気は無かったが。

すぐにゼロスは笑うのを止め、再び無言で肖像画を見詰めた。

もまた、何も言わずにぼんやりと宙を眺める。

人数が増えても、その場の静寂に何ら変わりはなかった。

ただし、その場に漂う雰囲気は微かに変化を見せていたけれど。

「肖像画のおふくろはさ」

唐突にゼロスが口を開いた。

視線を肖像画に固定したまま、声を発する。―――もただ宙を見詰めたまま、静かにその声に耳を傾けていた。

「肖像画のおふくろはさ、しっかりと俺の目を見るんだよな。でも・・・生きてる時のおふくろは、絶対に俺の目を見ようとはしなかった」

「・・・・・・」

「当り障りの無い言動で俺に接して、顔にはいつも笑顔を浮かべて・・・―――でも何があっても絶対に俺の目を見ようとはしなかった」

「・・・・・・」

「成長するごとにその辺の理由も何となく解って来てさ。でもいつかはきっと俺のこと見てくれる・・・俺のことを愛してくれるって思ってた」

静かな部屋に、ゼロスの呟きが静かに響く。―――それは本当に小さな声だったのだけれど、周りが静か過ぎて声は一層よく通った。

「ま、結局おふくろが俺をちゃんと見たのは、最後だけだったけどな」

「・・・そう」

ゼロスの身に何が起こったのかは、勿論も知っている。

神子であるが故に襲い掛かった事件。

その事件で、彼は一生消えない心の傷を負った。

そしてそれは今でも、ゼロスの心を痛め続けている。

「『お前なんか生まなければ・・・』とか言われたってさ。俺だって好きで神子になんて生まれたわけじゃねーし・・・。愛情を欠片も向けてくれなかったおふくろに対して、悲しかったり恨んだりもしたけど。でも・・・嬉しくもあったんだよな」

「・・・・・・」

「どんなに憎しみが宿った眼差しでも、そん時初めておふくろはちゃんと俺を見てくれたんだから」

そう言って自嘲気味に笑うのを、は気配で感じ取っていた。

滅多に漏らさない心の内を見せるゼロスに、は内心ひっそりと思う。

この肖像画は、ゼロスの母親に対する愛情の形であり、また己の心を戒め続ける枷でもあるのだろう。

ゼロスが悪いわけでも、ゼロスの母親が悪いわけでもない。

全てはクルシスの天使たちが原因だ。

クルシスの指導者が抱いた、歪んだ愛情が・・・―――そうしてそれを諌めることの出来なかった、周りの者たちの。

「なぁ、

物思いに耽っていたは、自分を呼ぶゼロスの声に我に返った。

目だけで背後を見ると、ゼロスはまだ視線を肖像画に向けたまま。

「・・・なに?」

短く返事を返すと、ゼロスはに視線を向けて微かに表情を緩める。

「お前のおふくろって、どんな人だったんだ?」

向けられる視線を受け止めて、はゆっくりと一度瞬きをしてからキッパリと答えた。

「知らない」

「・・・知らねぇって」

「本当に知らないのよ。生まれたばかりの頃、捨てられたからね」

あっさりと、何でもないことのようにサラリと告げて、は視線を天井に移す。

ハーフエルフは、世界中で迫害されている。

その状況に耐え切れず、子供を捨てるという話はそう珍しくは無かった。

「・・・悪ぃ」

「別に気にしてないわ。寧ろ・・・中途半端に側にいるよりかは、すっきりしてるかも」

その言葉に嘘はなかった。

親の記憶が一切無い代わりに、はゼロスのように悩む必要はなかったのだから。

ただ最初から捨てるつもりならば、生まなければ良いというのがの正直な気持ちだ。

気まずそうにゼロスが口を噤んだと同時に、再び落ちた静寂。

どこか居心地の悪さを感じさせるその空気を破ったのは、小さな物音だった。

昼間なら誰にも聞き咎められないだろう小さな音は、それでも夜の静けさの中ではとてもよく響く。―――釣られるように視線を向けると、階段の上にプレセアが立っていた。

「・・・プレセア?」

部屋で眠っていた筈の少女がどうして・・・と不思議に思う間もなく、プレセアはの姿を見つけるとゆっくりと階段を降りてくる。

そうして呆気に取られているとゼロスなど気にも止めず、そのままの隣に腰を下ろして腰に抱きつくようにへばりついた。

「・・・・・・?」

その動作を身動きさえ取れずに見守るの耳に、ゼロスの含み笑いが届く。

「お前の姿が見えねーから、捜してたんじゃねーの?」

「・・・捜してたって、なんで」

「さみしーんだろ?」

当たり前のように言われ、は目を丸くした。

淋しい?と心の中で反芻して、へばりつくプレセアを見下ろす。

プレセアは何も言わず、しかしゼロスの言葉を肯定するように腕の力を強めた。

「・・・そっか。淋しいのか」

驚いたように呟き、そうして嬉しそうにプレセアを見下ろす。

全ての感情が失われていると思われても、こうして些細ではあるけれどプレセアの感情の一部を感じ取る事が出来る。

早く、少女を元に戻してやりたいと思った。

そもそもの原因である自分がそんな事を思うなど、可笑しいのかもしれない。

エクスフィアによって苦しんでいる人は、何もプレセアだけではないのだ。―――それでもはプレセアを助けたいと強く思う。

それが偽善でも構わなかった。

感情を取り戻し全てを知られた後、憎まれたとしても。

自分がしたいと思う事をする。―――それはに取っては至極珍しいことで、だからこそ後悔などするわけが無かった。

隣に座るプレセアを抱き上げ、自分の膝の上に乗せて強く抱きしめる。

するとプレセアは安心したように目を閉じ、すぐ後に穏やかな寝息を立て始めた。

「可愛いな〜、プレセアちゃんは」

「うん、可愛いね」

背後から顔を覗かせたゼロスが、プレセアの寝顔を眺めながらやんわりと微笑む。

そんなゼロスの言葉に返事を返すも、穏やかな笑みを浮かべていた。

言葉通り愛しそうな眼差しを注ぐを、ゼロスはジッと見詰めて。

「・・・まるで、親子みてぇ」

そうポツリと言葉を漏らす。

そのセリフに、は思わず苦笑を漏らした。

「・・・それはそれで、複雑なんだけど」

「良いじゃねーか。誉め言葉なんだしよ」

「誉め言葉のつもりだったのね、それ」

呆れたような口調で返すも、その表情は変わりなく穏やかで。

はもう一度プレセアに視線を落とすと、そのままいともあっさりと抱き上げ立ち上がった。

「おいおい、いくら何でも12.3の子供簡単に抱き上げるってどーよ?」

「煩いわね。エクスフィアつけてるから、これくらいの重さは大丈夫なのよ。それにプレセアは標準より軽いしね」

呆気に取られたように呟くゼロスを睨みつけて、は不服そうに返す。

そんなありえないほど怪力なのだと思われるのは、心外だ。

抱き上げられても一向に起きる気配のないプレセアを腕に抱いたまま、は部屋に戻るべく階段に向かう。

そんなの背中に、ゼロスの呟きが掛けられた。

「俺もみてぇなおふくろ、欲しかったな」

その言葉に振り返ると、ゼロスは既にの方を見てはおらず、暗闇の中に浮かび上がる母親の肖像画を見詰めていた。

先ほどの呟きも、に向かいかけられたものではなかったのだろう。―――ただ人よりも数倍優れているの耳が、しっかりとそれを拾ってしまっただけで。

は暫く考え込んだ末、再びソファーに腰を下ろした。

上着を脱いでプレセアの身体に掛けてやると、ゼロスの視線に気付いて顔を上げる。

「部屋に戻るんじゃなかったのか?」

「私が何処で寝ようと、私の勝手でしょ」

「そりゃまぁ・・・」

不機嫌そうにそっぽを向くを不思議そうに見詰めていたが、すぐにその行動の意味を察してゼロスは照れくさそうに笑った。

どうやら先ほどの呟きを、しっかりと聞き咎められてしまったのだと気付いて。

ゼロスは椅子から立ち上がると、の隣に腰を下ろす。

ギシリとソファーが軋み声を上げ、クッションが少し沈んだ事に気付いて、はチラリとゼロスに視線を向けた。

「ありきたりなセリフだけど・・・」

「ん〜?」

目を閉じソファーに身を委ねて眠る体勢に入っているゼロスに、遠慮がちに声を掛ける。

返って来た気の抜けた返事に、は微かに微笑む。

「私は、あんたの母親に感謝するよ」

「・・・は?」

「あんたを生んでくれて・・・感謝する」

の口から飛び出た言葉に、ゼロスは目を見開いて顔を向けた。

それから逃れるように、今度はが目を閉じソファーに身を委ねる。

「・・・

「あんたがいて、良かった」

静かな声で紡がれた言葉は、酷く自分には似つかわしくない言葉で。

神子として必要とされたことはあっても、ゼロス個人として必要とされたことなど今まで一度も無かったから。

何か言葉を返したかったけれど、生憎と良い言葉が思い浮かばず、ゼロスは混乱する頭を乱暴に掻き毟って寄りかかるようにしての肩に頭を乗せた。

お互い、何も言わない。

部屋に響くのは、プレセアの規則正しい呼吸だけ。

それでもその時間がとても心地良くて、ゼロスは身体から力を抜くとゆるゆると夢の世界に誘われて行った。

 

 

早朝早く、リフィルは目覚めた。

窓から差し込む白い光を目に映して、朝が来た事を知りベットから抜け出る。

顔を洗い服装を整え、他のメンバーはまだ眠っているだろうと予想を立てながら部屋を出た。

ならば起きているかもしれないと思い、昨日通されたリビングへと足を踏み入れたリフィルは、目の前の光景に思わず目を丸くする。

「あらあら・・・」

ソファーで気持ち良さそうに眠る3人を見詰めて、その微笑ましい光景にリフィルは自然と笑顔を浮かべた。

「まるで、親子みたい」

彼女がそう漏らした事など、勿論3人は知る由もなかった。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

これはあくまでクラトス夢です。(笑)

あまり説得力ないですか。この雰囲気だと、明らかにゼロス夢っぽいですもんね。

まぁ、ゼロスが偽物というよりも、全くの別人っぽくなっちゃいましたが・・・。

彼の口調は難しいと、今更ながら実感したり。

プレセアが妙に出張っているのは、ただの趣味です。(笑)

可愛いなぁ、プレセア。

作成日 2004.11.21

更新日 2010.8.1

 

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