鋭く空気を裂き襲い掛かる蹴りに、ゼロスは短い声を上げて何とかそれを避けた。

襲う風圧と共に、彼の赤い髪が数本宙に舞う。

「ちょ!ちょっと、待てって!!」

戦闘中に似合わない間の抜けた声を上げゼロスが一歩下がったと同時に、プレセアが男へ構えた斧を振り下ろす。―――しかし少女の斧は男を捕らえる事無く、深く地面に食い込みその動きを封じた。

ジーニアスは高度な呪文を放つつもりなのか未だ詠唱中であり、男を睨みつける目は恐ろしいほど据わっている。

大きな体躯に似合わず素早い動きを見せる男に、はかつて闘技場で顔を合わせた時以上に力をつけているなと呑気にもそう思った。

 

理想主義者の歩く道

 

炎よ集え!―――ファイアーボール!

の放った火球が男に向かい襲い掛かるが、その単調な動きに至極あっさりと避けられ、火球は呆気なく地面を軽く焦がす。

その隙にゼロスは剣を振り下ろすが、男はそれを手枷で受け止めがら空きになった胴へ渾身の一撃を与えた。

「・・・っ!!」

小さく唸り声を上げて蹴り飛ばされたゼロスは、後方で呪文を唱えているジーニアスへ体当たりをかました。―――そのままもつれるように転がった2人は、次の瞬間勢い良く起き上がりお互い睨み合う。

「邪魔しないでよ、ゼロス!!」

「んな・・・ゲホッ!邪魔なん・・・ゴホッ!!」

目を吊り上げて激昂するジーニアスに対し、ゼロスは息も絶え絶えに反論するが残念な事にそれはしっかりとした言葉にならず、苦しげな呻き声だけ残して消えた。

チームワークが抜群に悪い。

人数的にも実力的に見てもらの方が断然有利な筈だというのに、こうも押されているのはどうしてなのだろうか。

は口喧嘩を始めた2人を一瞥して小さく溜息を零すと、小さく呪文を唱えながら剣を抜き男へ向かい駆け出した。

切り裂け!―――ウィンドカッター!

声と共に生み出された小さな風の刃が、男に向かい駆け抜ける。―――それを辛うじて避けた男に素早く駆け寄り剣を振り下ろせば、先ほどのゼロスと同じように手枷を使って受け止められた。

なるほど、反応が良い・・・と感心しながら、男の繰り出す蹴りを避ける。

肉体を使って戦うのだから、相手が刃物を持っている場合はそれを受け止める事が出来ない。―――しかし男は自分の動きを拘束している筈の枷を、上手く利用していた。

!なにチマチマした魔術ばっか使ってんだよ!さっさと大技決めてその男ぶっ飛ばしちまえって!!」

背後から掛かるゼロスの非難とも激励とも取れる言葉に、は苦笑を浮かべて何度目かの男の蹴りを避け後ろに跳ぶ。

その隙にプレセアが斧を薙ぐが、男は体勢を崩しながらも紙一重でそれを避けた。

男の相手をプレセアに任せ、は再び詠唱に入る。

それほど時間の掛からない初級魔術を唱えて、プレセアと対峙する男に向かい解き放った。

!」

再び掛かるゼロスの声。

腹部に強烈な蹴りを入れられたゼロスは、どうやら酷くご立腹らしい。

けれどもに、ゼロスの要望に応える気は微塵も無かった。

どうにも戦い辛い相手だ、と心の中で1人ごちる。

それは男の戦い方が問題なのではない。―――問題なのは、が意外にも男の事を気に入ってしまっている事だった。

男がゼロスの命を狙っているのなら、とて容赦はしないだろう。

しかし男にそのつもりは無く、またエクスフィアで感情を失ってしまったプレセアを心配する様子を見せられれば、戦う気も殺がれるというものだ。

いっそのこと相手が嫌な・・・―――例えば教皇のような人間であったならば躊躇いも浮かぶ筈が無いが、生憎と彼はそういうタイプでもない。

その証拠に、男はゼロスやに対して攻撃を仕掛けても、今現在斧で攻撃を加えるプレセアには反撃をしない。

どういう理由があるのかはもちろん解る筈も無いが、彼がプレセアを何らかの事情で大切に思っていることに間違いはなさそうだ。

出来れば穏便に話をつけて、この場をお引取り願いたいのだけれど。

再び初級魔術を解き放ったがそんなことを考えていたその時、どこからか円盤状の物が男に向かい飛来する。―――の放った初級魔術を避けたばかりだった男は、その予想外の攻撃を完全の避けきる事が出来ず、腕に深い切り傷を負った。

「・・・ぐっ!!」

小さな呻き声を上げて、男は深く眉間に皺を寄せる。

それと同時に、森の奥から聞き慣れた声が聞こえて来た。

「ジーニアス!!」

「大丈夫かい、!!」

声の主は短く言葉を掛けると、すぐさまらと同じように武器を構える。

「・・・しいな」

呪文の詠唱を中断して隣に立つしいなを見やる。―――その隙にロイドは双剣を構えて男に向かい駆け出した。

遥か後方では、未だ腹部の打撃に苦しむゼロスにリフィルが回復呪文を掛けている。

この展開に、はまずいと眉を寄せた。

ただでさえある人数差。―――それに加えてロイドたちが加われば、いくら男の動きが素早くとも全員の攻撃を避けきれるはずもない。

下手をすれば命を失ってしまう危険もある。

少なくともはそれを望んではいない。

まずは出来る限り無傷で男を捕らえる事を最優先にと、は隣に立つしいなにある提案を持ちかけた。

「しいな。私は彼を倒すのではなく捕らえたいの。協力してくれない?」

「・・・は!?捕まえるって・・・あいつは・・・」

「彼がコレットの命を狙っているという事は知ってるわ。でも、私は彼と話がしたいの。彼に聞きたい事がある。―――だから、お願い」

早口でそう訴えるを、しいなは目を丸くして見詰め返す。

しかしそんな悠長な時間が無い事も解っていた。

ロイドは闘志を漲らせて男へ攻撃を仕掛けているし、ゼロスの治療が終わればリフィルも戦闘に参加するだろう。―――ジーニアスとコレットの動向も気になる。

それを確認して暫く視線を泳がせて考えていたしいなは、真剣な表情のを見返し溜息混じりに了承を示した。

が何を考えているのかはしいなには解らなかったが、彼女がそれを強く望むならば重要な何かがあるのだろう。

今までもそうだったのだから、きっと今回もそうに違いない。

そう結論を下し、しいなは改めて札を構えた。

「ロイド!そこをどきな!!」

男の素早い動きに押され気味だったロイドに声を掛け、しいなは男に向かい駆け出す。

それと同時に、は呪文の詠唱に入った。

蛇拘符!」

「・・・くっ!!」

体勢を崩したロイドの代わりに、しいなが攻撃を加える。―――尚も攻撃の手を緩めないプレセアに、流石の男もあまりの己の不利を感じたのか悔しげに喉を鳴らした。

深淵なる闇よ。彼の者を安息の眠りへと誘え

静かなの呪文の詠唱の声が耳に届き、ジーニアスは途中だった詠唱を止めて不思議そうにに視線を向ける。

聞いた事のない呪文。

紡ぎだされるマナの、感じた事の無い気配。

一体何の呪文を唱えているのかと思ったその時、が標的である男を見据えた。

ジーニアスと同じく、の詠唱が終わった事を気配で感じ取ったしいなは、短くロイドに男から離れるよう促し、斧を構えるプレセアの腕を強引に引きその場から距離を取る。―――それとほぼ同時に、魔術は放たれた。

ネガティブゲイト!

力ある言葉と共に、男の足元に暗い闇が出現する。

それは男を包み込み、そして彼の動きを封じた。

「ぐああっ!!」

男の苦しげな声が聞こえる。―――これで勝負あったかとロイドがそう思った瞬間、放たれた闇から飛び出す影が目に映った。

「くそ!あいつ、まだ・・・!!」

ロイドの焦った声を尻目に、男は一点を見据えて駆けて行く。

その先には、の放った呪文に呆気に取られ無防備なジーニアスが。

素早い動きで自分に向かってくる男に、ジーニアスは身体を強張らせ立ち尽くす。

「ゼロス!」

「俺様の出番、ってかぁ?」

の声に、リフィルの手当てを受け復活したゼロスが弾かれたように立ち上がり、抜き身の剣を掬い上げるように男に向かい繰り出した。

「・・・ちっ!」

ゼロスの攻撃に気付き小さく舌打ちした男が足を止め後ろに跳ぶ。―――ゼロスの剣先は男の胸を軽く掠めるに留まったが、体勢を崩させるには十分だった。

それを見計らったように、続けてから魔術が解き放たれる。

スパークウェブ!

鋭い声と共に、男を中心に放たれる眩い電撃。

バチバチと弾けるような音と光が消えた後、そこには力無く地面に伏す男の姿があった。

「やった・・・のか?」

呆然と呟くロイドの声を聞きながら、は静かに男に近づき跪く。

「・・・気を失ったようね」

多少の傷はあるが、正常な呼吸をしている男を見やり、はホッと息を吐き出すと、まだ警戒を緩めていないロイド達にそう告げた。

そのの言葉に、その場にいた全員が漸く肩の力を抜く。―――構えていたそれぞれの武器を収め、自然に男との側へ全員が歩み寄った。

「・・・こいつ、どうする?」

男を見下ろして、ロイドが困ったように呟く。

こうして返り討ちにしたのは良いが、今後の対応に困るというのが正直なところだ。

すると少し考え込むように沈黙していたリフィルが、男を見下ろし静かに口を開いた。

「どうやら事情がありそうね。捕虜にしたらどうかしら?色々話も聞けそうだわ」

「そうね。彼はプレセアについても何か知っているようだし、私も是非そうして欲しいわ」

リフィルの提案に、は畳み掛けるようにそう言葉を続けた。

しかし2人の意見に、ジーニアスは不愉快そうに眉を寄せる。―――信用ならない男をプレセアの近くに置いておく事に抵抗があるのだろう。

だからといって、男を始末するという意見に賛成するつもりは無かったけれど。

ふと落ちた沈黙に、ジーニアスが何か言おうと口を開いたその時、それを遮るようにコレットが森の奥へと視線を向けてポツリとつぶやいた。

「足音が・・・大きくなってる」

その呟きに導かれるように、コレットの視線の先にある森の奥から見慣れた一匹の動物がしいなに向かい駆けて来る。

「しいな!たくさん兵士がいた!みんなこっちに向かってる!早く逃げて!!」

しいなの身体を伝い肩に乗ったコリンが、焦ったようにそう叫ぶ。

それを受けて、しいなは肩にコリンを乗せたまま、たちへと向き直った。

「実は、さっきコレットが大勢の足音を聞いたんだ。鎧の音も聞こえたらしい。だからコリンに偵察に行ってもらって、コレットが森の入り口付近で戦闘の音がするって言うから、あたしたちはあんたたちと合流しようと急いで来たんだけど・・・」

「足音はアルテスタさんの家の方から聞こえるの。どんどん足音が大きくなってきてる。こっちに来るよ」

コレットも焦ったように表情を歪ませて訴える。

その言葉に、ゼロスやロイドが眉間に皺を寄せた。

「まずいんじゃねぇのか?」

「でも、このまま戻っても教皇騎士団がいるだろ?」

一行を捕らえようとしている教皇騎士団が、森の出入り口を張っていないとは思えない。

このままここにいても、戻ったとしても、どちらにしても鉢合わせするのに変わりは無いだろう。―――それが早いか遅いかだけの違いで、厄介な事になるのは目に見えている。

どうしようかと全員が困惑を浮かべて顔を見合わせると、ロイドとゼロスの遣り取りを見ていたしいなが小さく溜息を吐いた。

「・・・仕方ない。ミズホの里に案内するよ」

どうにもこうにも八方塞りな状況に、これしかないと少しだけ厳しい表情を浮かべながら言ったしいなに、ゼロスとは咄嗟に口を開く。

「おいおいおい、しいな。ミズホの里は外部に秘密の隠れ里なんだろ?」

「・・・大丈夫なの、しいな?」

揃って掛けられた声に、しいなは微かに苦笑を浮かべて。

「だけどこのままじゃ挟み撃ちだよ。里に逃げ込むしかないだろ?」

なんでもないことのように明るくそう言うしいなに、2人は複雑な表情で顔を見合わせる。

確かにこの状況に、無事にこの森を出る手段はそれしかないようだ。

しかし里の者以外には秘密の隠れ里に村の人間以外を連れて行って、しいなは大丈夫なのだろうか?

それで無くともシルヴァラントでの神子暗殺の任務に失敗しているのだ。―――それだけでもしいなの立場は危ういだろうに、これがきっかけで彼女が何らかの処罰に化せられたりはしないだろうか。

しかし他に良い案も浮かばない。

ゆっくりと考え込んでいるだけの時間も無かった。

「そうだな。頼むよ、しいな」

結果、ロイドのこの言葉をきっかけに、一行はミズホの里へと逃れる事に決まった。

「よし。それじゃ、行こうか。―――ところで、その男はどうするんだい?」

ロイドの頼みにしいなはにっこりと微笑んで了承する。―――しかしふとある事に思い当たり、しいなは未だ気を失ったままの男を見下ろし呟いた。

その言葉に、一行は漸く男の存在を思い出す。

切羽詰った状況に、全員の頭からはすっかり男の事が抜けていたようだ。

「どうするって・・・どうしよう。起きないかな、こいつ」

ロイドが屈みこんで男の頬を軽く叩くが、男の意識が戻る気配はない。

教皇の仲間なのだからここに放置しても騎士たちにやられる事は無いだろうが、捕虜にするのならば連れて行く必要があった。

「う〜ん・・・。じゃあ、ゼロス。この男を運んどくれ」

「俺様が!?こんな大男、俺様1人で運べるかっつーの!!」

暫く悩んだ末、サラリとそう言ったしいなにゼロスは猛反論する。―――世間一般では何かと優遇される神子ゼロスだが、このパーティの中ではそんなことは関係ないようだ。

寧ろ何かと厄介ごとを押し付けられ、ゼロスはがっくりと肩を落とす。

そんなゼロスを見上げて、コレットはにっこりと天使の笑みを浮かべた。

「私手伝うね。ゼロス1人じゃ大変だもの」

そう言い、コレットは何の躊躇いも無く男へと手を伸ばす。

「コレットちゃんは優しいな〜。同じ神子同士だもん・・・な・・・」

コレットの行動に感激したように笑顔を浮かべたゼロスは、しかし次の瞬間、表情を引きつらせ乾いた笑みを浮かべた。

「うん、そうだよね。思ったより軽いみたい。私1人でもだいじょぶだよ」

ニコニコと、まるで重さなど感じないとでも言うように軽々と男を肩に担ぎ上げたコレットに、ゼロスは返す言葉が見つからずただ引きつった笑みのまま固まる。

「はは・・・そう」

「コレットは力持ちね」

「本当に。それに比べて昨今の男性ときたら・・・嘆かわしいこと」

「いや、そういう問題じゃねーだろ」

しみじみと呟くとリフィルに、ゼロスは条件反射で突っ込んだ。

王族に次ぐ強い権力を持ち、尊い存在だと崇められる神子だというのに・・・―――なのにこんなツッコミが身に染み付いてしまっている彼に感心するべきか、それとも嘆くべきなのか。

それはともかく、無事男の運送の問題が解決したと見たしいなは、その光景に何の疑問も抱かずクルリと踵を返した。

「ほら、とっとと行くよ」

そう言い早足で歩き出すしいなに、ロイド達は慌てて後を追いかける。

こうして一行は、予定外にミズホの里へ向かう事となった。

 

 

「へぇ〜!ここがミズホの里か・・・」

しいなの案内で隠れ里といわれるミズホの里へ入ったロイドは、その光景に思わず声を上げた。

シルヴァラントのどの街とも、勿論メルトキオやサイバックとも全く違う雰囲気を持つ、穏やかに緩やかに時の流れる不思議な場所。

そこに住む住人たちは皆、しいなと同じような少し変わった服装をしている。

ここへ逃げてきたのだという事さえも忘れてしまっているようなロイドを見て苦笑を漏らしたは、改めてロイドたちと同じように村の中を見回した。

しいなと知り合い仲良くなっても、はここに来た事は一度も無い。

それは勿論隠れ里と言われる場所だから当然なのだが、しいなの話から断片的に伝わる光景に興味が引かれなかったといったら嘘になる。

今実際に立つミズホの里はが想像したのとは少し違うが、しいなから伝わった温かい雰囲気だけは違いない。

そんな風にして村の中を見回していたは、こちらに向かってくる1人の男に気付いた。―――が気付いたのと同様に、ロイドやしいなも気付いたようで揃ってその男へと身体を向ける。

「しいな。村の人間以外をこの村に連れてくるとは・・・」

顔半分がマスクのようなもので隠されている為表情は読み取れないが、その声色からはあまり歓迎されていない事が解る。

しかしそれは予測済みだったのか、しいなはいつもよりも少しだけ強張った表情で男へと口を開いた。

「緊急事態だったんだよ。それより副頭領に伝えてくれ。シルヴァラントの仲間を連れて来たって」

表情と同じ少し堅い口調でそう言ったしいなを、男はじっと見返した。

そうして溜息を1つ。

「伝えよう。しいな、お前も一緒に来い」

「解った。―――ロイド達はここで待ってて」

男の了承に、しいなは少しだけ表情を和らげて振り返る。

しいなの言葉に、ロイド達はこれ以上しいなを危うい立場に陥れない為にも、大人しく待つ事に決めた。

そうしてどれくらいの時間が経っただろうか。

漸く戻ってきたしいなの案内で、面会が許された副頭領と話をするべく村の中でも一番大きな家へと向かった。

「シルヴァラントの旅人よ、入られよ」

静かな抑揚のない声に促され、短く返事をしてから部屋の中に入る。

そこにはミズホを統べる男が、静かに鎮座していた。

我らの頭領イガクリ老は病の為、この副頭領タイガがお相手つかまつる。しいながおぬしらを殺せなんだことによって、我らミズホの民はテセアラ王家とマーテル教会から追われる立場となった。これはご理解頂こう」

同じく畳の上に座ったロイド達に、タイガは何の前触れも無く話し始める。

その話の内容に、ロイドは驚愕の声を上げた。

そんな仲間たちを冷静に見詰めながら、はやはりそうなっていたかと気付かれないよう軽く拳を握る。

がしいなの手紙を持って王と話をした時。

あの時、監視役となったには何のお咎めも無かった。

それに少し楽観視していたけれど、やはり現実はそう甘くは無いらしい。―――は直接シルヴァラントの神子の暗殺を命じられたわけではないし、もしかするとゼロスの存在がにまで影響を及ぼすのを食い止めたのかもしれない。

しかし本来ミズホの民は、王家にも協会にも正式に受け入れられてはいないのだ。

役に立たなければ始末するなど、教皇の考えそうな事だとは唇を噛む。

そこで問いたい。シルヴァラントの民よ、おぬしらは敵地テセアラで何をするというのか?」

ロイド達の動揺などサラリと流し、タイガは問い掛ける。

過ぎた事を今更言っても仕方が無いのだ。―――何を言っても、彼らが王家や協会から追われる立場にある事に変わりは無い。

タイガの問い掛けに、全員の視線がロイドに集中する。

まるでその決定権は彼が持っているとでも言うように・・・―――そしてロイドはその視線に怯まず、しっかりとタイガを見詰め返し口を開いた。

「俺もずっとそれを考えてた。ある人に、テセアラまできて何をしているのかって聞かれて・・・俺はどうしたいのかって。・・・俺はみんなが普通に暮らせる世界があればいいって思う。誰かが生贄にならなきゃいけなかったり、誰かが差別されたり、誰かが犠牲になったり、そんなのは・・・いやだ」

迷いながらもしっかりと言い切ったロイドに、コレットやジーニアスの表情が柔らかくなる。

それをしっかりと確認していたタイガは、尚も変わらぬ淡々とした口調で言葉を続けた。

おぬしは理想論者だな。テセアラとシルヴァラントは互いを犠牲にして繁栄する世界だ。その仕組みが変わらぬ限り、何を言っても詭弁になろう」

「だったら仕組みを変えればいい!この世界はユグドラシルってヤツが作ったんだろ!?人やエルフに作られたものなら、俺たちの手で変えられるはずだ!」

身を乗り出さんばかりにタイガに詰め寄り、ロイドは声を荒げてそう叫ぶ。

ロイドの言葉に目を丸くしたタイガは、次の瞬間大きな笑い声を上げた。

しかしその笑い声は嘲笑を含むものではなく、どこか嬉しさが交じり合っているようにには思えた。

ふはははは!まるで英雄ミトスだな。決して相容れなかった二つの国に、共に生きていく方法があると諭し、古代大戦を終結させた気高き理想主義者。おぬしはそのミトスのようになれるというのか?」

「オレはミトスじゃない。オレはオレのやり方で仲間といっしょに二つの世界を救いたいんだ」

強い意志の光を瞳に宿し言い切ったロイドに、2人の遣り取りを他人事のように眺めていたは静かに目を閉じた。

ロイドの言いたいことは解る。

彼の望んでいる事も。

しかしそれがどれほど難しい事なのか・・・彼は解っているのだろうかと、は不思議なほど冷静な頭の中で思う。

世界を変えるということは、言葉以上に難しい。

この世界に住む者が、みんなロイドのような考えを持っているわけではない。

彼の言う通り、お互いを犠牲にして存在する世界を救う事は不可能では無いだろう。

その方法はゼロではない。

けれど、それで全てが変わるわけではないことも、は知っていた。

そして、そんな理想主義者に何を言っても無駄だという事も。

『この世界を救いたいんだ』

かつて、古代大戦を終結させた勇者ミトスは言った。

『憎しみ合うのはもうやめよう。僕たちが共存出来る道はきっとあるよ』

そうして出来た世界が、これだ。

彼の望んだ世界。

勇者ミトスの、目指した理想。

果たしてそれが、今の世界にあるのだろうか?

変化を望み、けれど本当にこの世界は変わった?

そんな夢のような世界は存在しない。

世界も人も変わらない。―――ただ、繰り返すだけだ。

絶望にも似た想いを抱き、はゆっくりと目を開ける。

そこにいる少年を・・・―――気高い理想を抱く無知で愚かで・・・けれど光溢れる者を、ただ無言で見詰める。

ロイドの訴えに、しかしタイガはそれで納得したようだ。

この部屋に足を踏み入れた時とは違う穏やかな表情を浮かべ、ロイドにミズホの民の力を貸す事を約束する。

テセアラに来てから初めて得られた協力者に、ロイド達は嬉しそうに笑顔を浮かべた。

ミズホの民であるしいなも、タイガから正式に下された『連絡係』の任務にホッと安堵したように堅かった表情を緩める。―――それを見詰めていたは、ゆっくりと詰めていた息を吐き出した。

「・・・どうした、。なんか暗〜い顔してんぞ」

大人しく座っているのにも飽きたゼロスが足を崩しながらの顔を覗き込む。

その視線から逃れるようにそっぽを向き、ユルユルと首を横に振った。

「なんでもないわ。少し、疲れただけ」

誤魔化すように笑みを浮かべて、は希望溢れる少年をただ見詰め続けた。

 

 

「・・・で、だ。後はこいつをどうするか・・・だな」

何とか円満に話し合いを終えた一行は、ガオラキアの森で捕虜にした襲撃者を前に困ったような表情を浮かべていた。

。あんた何か聞きたい事があったんだろ?」

思い出したように問い掛けるしいなに、はやんわりと微笑みかける。

「それはそうだけど・・・。抱いた疑問の全てをちゃんとした言葉で問い掛けられる訳じゃないし、それに聞いても答えてくれそうにないし・・・」

言葉を濁して男を見詰める。―――と、男はその視線から逃れるようにそっぽを向いた。

確かにと納得する部分もあるが、だからといってどうすれば良いのか。

明確な目的地や2つの世界を救う方法などまだ解らないロイド達は、これからも旅を続けるだろう。

そんな旅の中、何時までも捕虜を引き連れていく事など出来ない。

だからこそ、この捕虜の処遇に悩んでいるのだけれど。

「・・・お前、名前は?」

成すすべもなく黙り込んだ面々の中で1人、ロイドが静かに男に話し掛けた。

「・・・リーガルだ」

それに対し、男・・・―――リーガルも言葉少なに答える。

そんな2人の遣り取りを見ていたゼロスが、唐突に思いついたとばかりに口角を上げ、おそらくはこのメンバーの中で一番の発言力を持つだろうロイドにある提案をした。

「なあ。このおっさんも戦わせたらどうだ?」

「裏切るかもしれないのに!?」

呑気な声で言ったゼロスに、すかさずジーニアスが反論する。

しかしゼロスは一向に気にした様子なく、にへらと笑みを返した。

「プレセアちゃんに用事があるんだろ、おっさんは。だったらチビちゃんから話が聞ける状態になるまで、俺たちに危害は加えないんじゃないか?」

「そうね。悪くないアイデアだわ」

「姉さんまで!!」

予想外の賛成の声に、ジーニアスは悲痛な声を上げる。

どうあってもジーニアスはリーガルが気に入らないようだ。―――彼が想いを寄せるプレセアに関わっているからだというのは言うまでも無いだろうが。

「うさんくさい気もするけどまあいいさ。あたしも最初は敵だったんだし」

「そうね。人の事言えないものね、私たちは」

しいなとも顔を見合わせて苦笑する。

自らの発言に思わぬ賛成を得られた事に、提案したゼロスは表情には出さないが密かに驚いていた。

きっとすぐさま却下されるのだろうと、悲しいが心の片隅で思っていたのだから。

「・・・という事らしい。どうだ?一時的にでも俺たちの味方として戦えるか?」

全員の意見を受けて、ロイドはリーガルに問い掛ける。

そんなロイドを見返して、リーガルはしっかりと1つ頷いた。

「よかろう。我が名とこの手の戒めに賭けて、決して裏切らぬと誓う」

「・・・ちょっとでも可笑しな真似したら、黒焦げにするからね」

了承したリーガルに、もう何を言っても無理だと判断したジーニアスが念の為と言わんばかりにそう付け足す。

そんな恨みの篭ったような眼差しのジーニアスの後ろから、命を狙われていた当人であるコレットが笑顔で声を掛けた。

「これからよろしくお願いしますね、リーガルさん」

明るい声に、リーガルの表情も柔らかくなる。

それは、ロイド達が見るリーガルの初めての表情。

先ほどまでとは違う和やかな雰囲気に、案外上手くやっていけるのではないかとは声には出さないがそんなことを思う。

目の前に広がる、長い長い道のり。

そして、それをゆっくりとではあるが確実に一歩一歩歩いていくロイドたち。

『オレはオレのやり方で仲間といっしょに二つの世界を救いたいんだ』

その言葉が現実のものとなるのかは、にも解らない。

けれど、信じてみたくなるのも確かで。

「・・・私も懲りないわね」

この世の汚い部分も嫌というほど見てきた

決してロイドの理想に乗るわけではないけれど。

彼らがどんな道を進むのか、興味があるのも確か。

ま、お手並み拝見と行きましょうか。

そう心の中で呟いて、新たに加わった仲間と共に笑うロイド達を眺めて微笑んだ。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

この話を書くに当たっての感想が、苦しかった・・・!の一言です。

まずリーガル戦。

今まで戦闘シーンをすっ飛ばしてきた私が、それを書こうとしたのがそもそもの間違いでした。1対4って!!

しかも相手がクラトスとかならまだ書きようがあったけど、リーガルをあんまりにも強くしすぎるわけにもいかないし・・・―――これじゃたこ殴りじゃん!みたいな。

しかも後半、ほとんどゲームのセリフしか喋ってないし・・・!!

でも書き直しません・・・っていうか、書き直せません。(最悪)

作成日 2005.11.11

更新日 2011.2.27

 

戻る